

1965年愛知県生れ。ノンフィクション作家。主な著書に『17歳の殺人者』(ワニブックス)『学校的日常を生き抜け』 (教育資料出版会)『美しき少年の理由なき自殺』(メディアファクトリー)など。
2002-04-22 号
藤井 誠二(ノンフィクション作家)
新宿某所にある、荒木さんが「夜の事務所」にしているバーに出かけた。階段を降り、ドアを開けるとほの暗い猥雑なかんじのする空間があった。ジャズが流れている。その店の奥まった一角が荒木さんの指定席で、彼以外使うことはなかった。荒木さんの写真集によく登場するその店はいまは改装され店名も変わっているが、荒木さんしか座ってはいけない椅子があり、打ち合わせはそのテーブルでおこなう。一度、私がうっかりその椅子に座ろうとしたら、店員に注意されたことがある。
荒木さんはイメージ通りの人だった。どんなことをお話ししたのか、緊張していたのと、そのときに飲んだ酒にひどく酔ってしまい(たぶん緊張のせい)、よく覚えていない。荒木さんの作品を10代のときから好きだったことは伝えたと思う。そして、事件ドキュメントをやっていただけないかということを話したら、荒木さんは「おもしろそうだなあ」と子どものように目をまんまるくして笑っていた。お願いしたのは、事件の起きた現場やその周辺を荒木さんの目で切り取ってもらうというものだったから、荒木さんは「そりゃあ、フェイク・ドキュメントだな」と得意の造語をさっそくつくっていたような記憶がある。
私はそのとき、何年か前に書いた作品を持って行った。20代前半だった私が「女子高校生コンクリート詰め殺人」の起きた町をうろつきまわり、加害者の仲間をたずねてまわった『少年の街』という本だった。荒木さんはその本を手にとり、「ほほう、やるねえ」と言って、周囲にいたスタッフの人達に「こいつ、ハードなネタやってるやつなんだ」と私を紹介し、「自分も最近まで少年院はいってたんだろ?」と私をからかってげらげら笑っていた。そんな場面は覚えている。
とにかく、荒木さんに撮ってもらうことは決まった。よかった。やった。私はひどく興奮してしまい、そのあと荒木さんとごいっしょしたしゃぶしゃぶ屋で平静を装っていたが、ひどく酔いだした。荒木さんはなぜか私を「おい、少年」と呼び、ときおり、カメラを向けた。私がレンズを見つめると、「おっ、いいねえ」とシャッターを荒木さんが押す。荒木さんに撮ってもらった。なんということだ・・・。翌日、二日酔いのなかで昨日はどうやってアパートにたどり着いたのかを必死で考えたのだが、思い出せなかった。(この項、つづく)