

1965年愛知県生れ。ノンフィクション作家。主な著書に『17歳の殺人者』(ワニブックス)『学校的日常を生き抜け』 (教育資料出版会)『美しき少年の理由なき自殺』(メディアファクトリー)など。
2002-03-25 号
藤井 誠二(ノンフィクション作家)
私が書いたデータ原稿をもとに、ノンフィクションライターNさんがまとめあげた原稿を見て私は愕然とした。私の取材を引き受けてくれたゲイの若者たちを嘲笑するトーンが滲み出ていたからだ。当然、抗議がすぐにきた。「僕たちは藤井さんを信用して、取材に応じたのです。藤井さんがゲイをバカにしないで、書いてくれると安心していたのに」。痛い言葉だった。私は結果的に裏切ったのだ。データマン・アンカーマンのシステムを説明して謝罪をしたのだが、そんなことが理由になるはずもなかった。
私はそれまで、共同通信社の故・斎藤茂男さんが部下の記者たちを使って(もちろん、自分も取材する)ニュース素材を集め、それを組み立てていくスタイルで書かれた作品群を読み慣れていたせいもあった。取材者(データマン)と構成者(アンカーマン)が信頼関係で結ばれていればいいと思っていた。しかし、それはあくまで一般論であり、ケースバイケースであることを思い知ったのだった。
そのとき以来、私は自分に言い聞かせている。被取材者と顔の見える関係でつながれた者しか、その対象についてのルポを書いてはならないのだ、と。被取材者と連絡をとり、取材意図を説明し、被取材者の置かれた状況に共感し、あるいは議論をして、最終的に文章にまとめる段階まで、一人で完結するべきなのだ、と。被取材者は、記者が属するメディアや肩書を信用して話をしてくれるわけではない。あくまで個人と個人との関係性のなかでしか、取材行為というのは成り立たない。当時、二十歳そこそこの私は、取材対象者への裏切りというかたちでそれを身に沁みて理解したのだった。そして同時に私は、その苦い教訓を常に自身に課すために匿名記事を避け、どんな短い記事でも自分に責任が降りかかる署名記事だけを書いていこうと決心した。