

1965年愛知県生れ。ノンフィクション作家。主な著書に『17歳の殺人者』(ワニブックス)『学校的日常を生き抜け』 (教育資料出版会)『美しき少年の理由なき自殺』(メディアファクトリー)など。
2001-12-31 号
藤井 誠二(ノンフィクション作家)
読者のみなさま、2001年はお世話になりました。2002年も引き続きマンモTV上で拙文をお読みいただければ幸いです。明日は元旦です。前回、おやすみをいただいたことを機に、いままで書いてきた私の「青春記」にいったん終止符をうちたいと思います。
私が自分の生徒時代を恥ずかしげもなく書き記してきたのは、自分にとっての「世界」を変えることのおもしろさを知ってほしかったからです。高校生であろうと、自分を取り巻く「世界」を一変させることはそれほど困難なことではなく、むしろその世代ならではの激情にまかせて行動していけば、なんらかの進路は開けていくものです。「迷ったら行け、行けばわかるさ」と言ったのはアントニオ猪木ですが、衝動に突き動かされて進んでいったら、自分のやるべきことがおぼろげながら見えてくるものだと思っているのです。
そこに何が待ち受けているかは行ってみなければわかりません。ですが、そこで大切なことがあります。「行って」みて、たちまち帰ってくるようでは、自分を取り巻く「世界」を変えることにはつながりません。高校3年のあるとき、同級生の清水宏(高校卒業後、大学在学中から山の手事情社という劇団に参加、オールナイトニッポン二部のパーソナリティなどを経て、一人芝居を続けています)と、「退路を断つ」ということを話したことがあります。「行った」あと、容易には後戻りできない仕掛けをつくっていくことが必要じゃないか、ということです。私も普通の高校生に戻ったほうがいいのではないかと思ったことが何度もありましたが、もう後戻りできないような縛りを自分に課すことにより、自分の迷いを強制的にしまいこんでしまいました。退路を意識的に断つことにより、その先々に見えてくるものもあると思うのです。
私は高校卒業後、故郷から東京に逃げるようにやってきて週刊誌記者になり、以後、試行錯誤しながらノンフィクションライターとして一人立ちして生きてきました。そんな人生のなかから、読者である10代や20代の方々が「世界」を変えるためのヒントになるようなエピソードをさがして、これからもご報告できればと思っています。