

1965年愛知県生れ。ノンフィクション作家。主な著書に『17歳の殺人者』(ワニブックス)『学校的日常を生き抜け』 (教育資料出版会)『美しき少年の理由なき自殺』(メディアファクトリー)など。
2001-11-19 号
藤井 誠二(ノンフィクション作家)
私は自分でおこした運動体のなかで完全に浮きはじめた。孤立し、これから何をやっていくべきかなどの重要なテーマを、いっしょにやっていた誰かに相談することもできなくなった。自分の悩みや弱みを誰かに吐露すると、それが中傷の材料に使われてしまうのではないかという疑心暗鬼に陥っていたのだ。前にも書いたが、相談できる唯一の相手は東京にいた保坂展人(現衆議院議員)で、そのことがさらに私に対する不信感を高める結果を招いていた。私は自分中心で、身勝手で、仲間を信用しないやつだというレッテルを貼られてしまった。事実、そういう心境になっていたのだった。
また、私は関わってきた市民運動の大人たちからも疎まれだした。ある人は、「藤井は地元に骨を埋めるつもりで運動をやってない。自分が(本を出して)有名になるために運動を利用したのだ」、「マスコミばかり利用して、地道な運動がない」、「一発屋で、その後の運動がつくれていない」「えらそうに事務所を借りたくせにただの若者のたまり場にしかなっていない」など、さまざまな批判が暗に浴びせられた。私の著作のタイトルをもじって「おいこら、藤井くん」と皮肉る人もいた。事務所を借りる際に、一部の大人から金銭的援助を受けていたが、それが事務所が崩壊していく過程で焦げついてしまい、カネに汚い奴との批判も受けた。大人たちは私を一端の活動家と認知してくれたがゆえに厳しい言葉をくれたのだと思うが、当時、二十歳に満たなかった私にはきつかった。批判を真摯に受け止めるのではなく、疎外感だけが高まってしまい、まわりが自分の悪口を言っているようにさえ思えてしまうようになった。もともとタフな性格ではない私は、逃げ出したい気持ちに支配されてしまった。もう、「ここ」にいることが限界にきてしまったのではないか、と思った。