

1965年愛知県生れ。ノンフィクション作家。主な著書に『17歳の殺人者』(ワニブックス)『学校的日常を生き抜け』 (教育資料出版会)『美しき少年の理由なき自殺』(メディアファクトリー)など。
2001-11-05 号
藤井 誠二(ノンフィクション作家)
私の借りた事務所は、つい数カ月前まで高校生であった私の書いた本に共鳴し、「管理教育」に不満や疑問を持つ若者の熱気で溢れかえったのだが、事務所の性格をフリースペース的なものにしたため、起こるべくして起こる問題が発生してきた。
当然、いろいろなタイプの若者が出入りする。とくに事務所を名古屋駅裏に移してからは、当時少しずつ広がり始めていた不登校をしている子どもとその親たちも関わるようになっていた。かれらにとっては、学校に通うことを拒否すること自体が「闘い」である。当時はいまより不登校に圧倒的に市民権がなく、不登校は甘えだ、あるいは病気だと決めつけられ、教師が強引に家まで引き連れに来たり、精神科に入院させられてしまうケースもままあった。そういう子を持った親は子どもを責め、さらに自分を責めるという孤立無援状態にあったといっていい。私の事務所はそういう子どもや親の集まる場としても開放しようと思った。
しかし、そういう、いわば「まったり派」を許容できない一派がいた。学校と正面から対峙し、正攻法で教師と渡り合い、議論をふっかけるというスタイルこそ「闘い」であると実践していた若者たちだった。かれらから見ると、不登校グループは生ぬるいと感じられて仕方がなかったようだ。学校を不登校するなら、行きやすいように自分で変えろというのがかれらの理屈だったから、不登校グループに対する視線も自然と冷たいものになった。私はまずいなと思いながらも、互いの関係を調整する術を持たなかった。そのうちに不登校グループは居づらくなったのだろう、だれも寄りつかなくなってしまった。19歳の私には人それぞれのレジスタンスをまとめあげる力量があるはずもなかった。