

1965年愛知県生れ。ノンフィクション作家。主な著書に『17歳の殺人者』(ワニブックス)『学校的日常を生き抜け』 (教育資料出版会)『美しき少年の理由なき自殺』(メディアファクトリー)など。
2001-10-15 号
藤井 誠二(ノンフィクション作家)
私が事務所の電話にでると、相手は暴力団を名乗った。私の事務所にたまに家出しにくる女子中学生を取返しにいまから乗り込むから覚悟せよと言う。私はどうやら、誘拐犯か監禁犯に仕立て上げられているようだった。仕立てたのは、その中学生の母親で彼女が知り合いの暴力団に依頼したのだ。
そのとき、事務所には数人がいた。私たちはとうぜん震え上がったが、あきらかに冤罪である。それと無鉄砲な若さも手伝ったのだろう、私は事務所近くの喫茶店を指定した。そこで会いましょう、と。喫茶店なら人の目があるから暴力沙汰になることはないはずだ、と考えたのだが、不思議に警察に連絡することはしなかった。話し合えばわかるとでも考えていたのだろうか、怖いもの知らずだったのか。
私がすぐに階下に降り、指定した喫茶店に仲間一人と連れ立って歩きだすと、すぐ近くを、暴力団風の男数人がなんとセダンに箱乗りして走り抜けていくではないか。あいつらだ、ととっさに私は思い、足がすくんだ。喫茶店についてしばらくすると、やはりやって来たのはさっきの男たちであった。かれらは私たちを取り囲むようにして座った。蛇に睨まれた蛙とはこのことだと思った。
しかし、私は事情を説明した。彼女が家や地域でいかにひどい目にあって不登校にあっているかを。すると殺気だっていた男たちがだんだんと柔和になり、うんうんと頷いて聞いてくれるようになったのである。ひ弱そうな若造相手にすごんでもしょうがないと思ったのだろうか。そして、最後にはそのなかの兄貴分のような背の低い男が、「よし、わかった」と言ったのである。私たちの言い分も一理あると判断してくれたのだろう、全員を引き上げてくれたのである。私たちは生きた心地がしなかったが、ともかく無事にのりきったのだった。
私の事務所には家出人はひきもきらず、さまざまな事件が起きた。東京に出かける私にどうしても付いていくという20歳ぐらいの女の子がいたが、東京駅で私とその子は警察に身柄を拘束されたこともあった。
その子の親が警察に捜索願を出したのだった。私は深夜まで事情を聞かれ、へとへとになった。