

1965年愛知県生れ。ノンフィクション作家。主な著書に『17歳の殺人者』(ワニブックス)『学校的日常を生き抜け』 (教育資料出版会)『美しき少年の理由なき自殺』(メディアファクトリー)など。
2001-07-23 号
藤井 誠二(ノンフィクション作家)
高校時代の私が県内の中学・高校から聞き取りをした無数の「愛知の管理教育」についての実態のなかで、最も多かったのが教師の暴力だった。教師の暴力は「体罰」といわれ、学校内では懲戒行為として容認されているどころか、体罰を教育信条として積極的にふるう教師がじつに少なくないことがわかった。
事実、私も中学時代によく殴られた。忘れ物をしたとき、あるいはそれが累積すると殴られるだけでなく、無理矢理バリカンで丸坊主にされてしまった。とくに体育教師たちが体罰常習者で、奥歯がかみ合わないほど顔を殴られたこともあった。
しかし、体罰は学校教育法第11条で「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」と禁止されていることを知った。そして、体罰とはなんぞやという問いには、1948年のなんと法務庁時代の法務調査意見長官の回答なるものが生きていることも知った。「身体に対する侵害を内容とする懲戒(なぐる・けるの類がこれに該当することはいうまでもないが、被罰者に肉体的苦痛を与えるような懲戒もこれに該当し、端座・直立等特定の姿勢を長時間にわたって保持させるという行為)も禁止行為にあたるというのだった。
学校教育法で法禁されているだけでなく、私にはどう見ても暴行罪、傷害罪にしか見えなかった。街角で一方的に暴力をふるえば逮捕される。それがどうして教師には懲戒行為として許されているのだろうか、と疑問はつのるばかりだった。とにもかくにも、教師の体罰はまぎれもない違法行為である。私は高校の教師が私に体罰をふるうと、それを指摘して、謝罪させるようになった。教師から見れば、嫌味なクソがきだったと思うが、私は実践した。学校で当たり前とされていることを一つ一つ法に照らし合わせていくと、慣習や教育の名目で不法行為がたくさんあることに16歳の私は気がついていった。