

1965年愛知県生れ。ノンフィクション作家。主な著書に『17歳の殺人者』(ワニブックス)『学校的日常を生き抜け』 (教育資料出版会)『美しき少年の理由なき自殺』(メディアファクトリー)など。
2001-06-25 号
藤井 誠二(ノンフィクション作家)
挙げていけばきりがない愛知県の「管理主義教育」の実態。私のアタマの中は、それを知れば知るほど驚愕と怒りに満ちあふれた。17年間生きてきて、社会で起きている出来事にあれほどの怒りを覚え、なおかつそれが持続したのは初めての経験だった。それはどうしてだったのだろう。これがその紛れもない理由だというものを、私はいまだに説明することができない。
たしかに、私の学校生活には中学から一転、ぬるま湯のような「自由」があった。事実上の校則といえば制服ぐらいで、著しく学校の風紀や秩序を乱したりしなければ特に教師から咎められることはなかった。前にも述べたが、文化祭については予算集めから中身まで生徒自治に任されており、かなり過激な社会を批判する内容の出し物についても、教師からとやかく言われることはなかった。新聞部や演劇部などの文化活動も活発だった。私たちは精一杯おとなぶって社会のさまざまな事象を、稚拙ではあるが学校のなかで表現することを保障されていた。
だからこそ、そんな自分たちと180度ちがう状況に置かれた同世代があわれでならなかったし、人権のじの字も考えない学校や教師に腹が立って仕方がなかったことはまちが
いない。私はいても立ってもいられなくなり、その管理教育を告発する活動に没頭していくことになる。
とくに人より正義感が強かったわけでもない。ジャーナリトになる自主トレーニングを始めたわけでもない。それまで社会問題には無関心だった。あの横溢するエネルギーの
源泉はいったい何だったのだろう。ごく普通の、いや中学受験をして入った中高一貫の学校だから、地元ではお坊ちゃん学校の落ちこぼれ生徒がどうして、部活や勉強以外の「活動」に熱中していったのだろう。