

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2007-11-19 号
高野 雅典(医学ライター)
緑内障という病気の原因は完全には解明されていないが、眼圧(眼球内部の圧力のこと)の上昇が大きな要因の1つになっていることは間違いがない。ただ、日本人では、あまり眼圧が上昇していないのに緑内障にかかる人が多数いる。
日本には昔から「目の愛護デー(10月10日)」という日があって、みなさんも、近視や乱視の検査を受けようと言われたことがあるかも知れない。若いみなさんにとって気になる目の障害といえば、近視や乱視が多いだろう。けれど、歳をとるにしたがって、目の障害というのは様々なものが出てくる。その一つが前回もお話した「緑内障(りょくないしょう)」であり、最悪の場合、失明にも至る病気である。
世界的な規模で、緑内障による失明が増加していると言われる。その理由ははっきりとはしないが、少なくとも、高齢者が増えるにつれて緑内障患者が増えていることは間違いないようだ。つまり、社会の高齢化と緑内障とは深い関係がある。そして、緑内障は多くの場合、徐々に進行する病気であり、10年、20年、あるいはそれ以上の期間にわたってじんわりと視野が失われていく、発見しづらい病気である。
日本の一般住民を対象とした調査では、40歳以上の男女において5.0%(20人に1人)が緑内障であったことが報告されている。しかも、緑内障だった人の89%はこの調査によってはじめて緑内障であることが分かった人々だった。つまり、この調査結果に基づけば、日本人における緑内障の9割近くは未発見のままであることが推定されるのだ。未発見数が多いことは、実は、日本だけでなく、オーストラリアや米国の一般住民を対象とした調査からも報告されている。
世界緑内障学会(WGA)は、現在、地球上の緑内障患者数が急増していることに警告を発し、来年(2008年)3月6日を、第1回の「世界緑内障デー」と決めた。医療関係者だけでなく、一般の人々にも緑内障の危険性を認識してもらい、さらに政治の分野にも働きかけを強めて、緑内障を防止しようというのが狙いである。
緑内障は、それ自体では命を奪われるような病気ではない。しかし、適切に治療されなければ、視野が失われ、やがて失明してしまうことを考えると、生活・人生に大きな影響をおよぼす疾患と言える。家庭での生活だけではなく、それまで従事していた仕事も継続できなくなるかもしれない。そうなれば、患者本人のみならず、家族もとても困ってしまう。そして、社会的な影響も非常に大きい。
しかし、緑内障は逆に言うと、早期の発見と適切な治療で進行を食い止めることが出来る疾患でもある。だから、失明の要因に対して、社会的にアプローチするとすれば、緑内障を発見・治療することが重要であり、政治分野への働きかけも「世界緑内障デー」の目的とされている。
ところで、緑内障を早期に発見するにはどうしたらいいのだろうか。
他の目の疾患や糖尿病などの全身疾患があり、それに伴って発症する「続発緑内障」というものがある。このようなタイプの緑内障は、緑内障に結びつきやすい疾患をもっている人に注意することで、早期に発見することができる。しかし、今、とくに未発見のまま増加が問題となっているのは「原発緑内障」と呼ばれるもので、他の疾患がなくても独自に発症する緑内障である。
原発緑内障の早期の診断は、「眼圧検査」と「視野検査」が主軸だ。これらは目の中を覗き込む精密な検査ではないが、検査機を使うことで比較的簡単に実施できるメリットがある。
ただ、視野検査は、眼内の網膜神経層の障害がかなり進んだ段階でしか、異常を感知できない。つまり、視野検査で異常が発見される時期には、すでに緑内障がある程度進行してしまっている。
となると、もっと早くに異常を発見できるのは眼圧検査ということになる。眼圧の上昇は、先に述べたように、緑内障の発症や進行の大きな要因とされている。眼内の圧力が高まると、網膜に分布する神経層が機械的な力を受けて傷害されると考えられている。「世界緑内障デー」でも、様々な医療機関などで眼圧検査が受けられる機会を増やそう、というメッセージが発せられる。
例えば、「血圧」が脳卒中や心臓病の危険信号になるように、「眼圧」が緑内障の危険信号になると捉えれば分かりやすいだろう。高い眼圧の人が全て緑内障になるわけではないが、少なくとも危険信号ではある。そのような人は、定期的に視野検査などを実施して、緑内障が発症していないかチェックすることが重要だ。
ただ、ここでも、ちょっと難しい問題がある。世界レベルでは眼圧検査の重要性が叫ばれているが、それは、日本人や韓国人には必ずしも当てはまらない。もちろん、日本人や韓国人でも眼圧が高い人は要注意である。しかし、眼圧がそれほど高くないのに緑内障にかかってしまう人が意外に多いことが明らかにされているのだ。これは、世界の他の地域とは異なっている。
眼圧がそれほど高くない緑内障というのは「正常眼圧緑内障」と呼ばれている。眼圧は正常値の範囲なのに、網膜神経層が傷害されて、視野が欠損してしまう。この病態は、欧米や中国では少ないとされており、一般住民における頻度は1%未満と報告されている。これに対して、先程の日本の調査では40歳以上の一般住民の3.6%と報告されており、欧米の3倍以上の人が正常眼圧緑内障なのだ。そして、日本の緑内障患者のなかではじつに約7割が正常眼圧緑内障であると言われている。
もちろん、眼圧の「正常値」というのは統計に基づいて決定した値であり、日本人の目にとっては、もっと低い値が安全域なのかも知れない。しかし、いくら眼圧値が低くても、緑内障にかかる人がいることを考えると、緑内障の原因を「眼圧」だけと考える方が単純すぎるのかも知れないという議論が盛んになっている。
緑内障にかかる人の特徴を、科学的な統計手法を使って解析すると、「眼圧」がもっとも強い危険因子であることは間違いがない。その他に、近視のある人や、目の奥の視神経乳頭が異常を起こしている人や、この部分に僅かな出血を起こしている人も、やや危険であることが分かっている。しかし、これらの異常は、緑内障の原因なのか、それとも緑内障の結果なのかは、はっきりとはしない。
眼圧が高ければ、たしかに網膜神経層への負荷は大きくなるだろう。しかし、現在、その負荷に耐える網膜側の要素も重要であることが注目されている。わずかな眼圧上昇であっても網膜が影響を受けやすければ、障害が起きると考えられる。網膜を走行する細い血管の障害や血流の低下が、網膜の組織を弱くしているのかも知れない。今、眼圧以外に、年齢、血圧、糖・脂質の代謝、喫煙の習慣などの全身状態が網膜に影響をおよぼしている可能性が注目されている。緑内障の発症や進行の根底に、生活習慣の悪化も関係している可能性があるのだ。
このように、緑内障の研究は、まだ完了したわけではない。緑内障による失明の危険が高まっていると同時に、そのメカニズムを解明する研究も加速してゆく必要がある。
幸い、現在では、点眼薬(目薬)による眼圧下降療法によって、緑内障の進行を食い止めることが可能となりつつあるし、また、重症な場合には手術が有効であることも分かっている。そこで、失明を食い止めるうえで今とくに重要なのは、緑内障を早期に発見することであり、とくに日本人では欧米とは異なる状況があるため、眼圧検査だけではなく、独自に緑内障予防のための対策を進める必要があるのだ。