

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2007-03-16 号
高野 雅典(医学ライター)
名探偵・金田一耕助は、考え事をするとき激しく頭を掻きむしる癖がある。横溝正史さん原作の推理小説に登場する架空の人物だが、何度も映画に登場しており、周囲の人が嫌な顔をするのを気にとめず頭を掻きむしり、フケを飛ばすシーンが描かれている。
けれども、最近では、街を歩いても電車にのっても肩にフケが積もった人なんて、ほとんど見かけなくなったので、「フケってなに?」と思う読者もいるのではないかと思う。フケは、頭皮の角質細胞が剥がれ落ちたものとされていて、白い粉のような、小さなウロコのようなもので、不潔にしていると髪や肩に落ちて目立つようになる。ただし、毎日風呂に入って頭髪を洗う習慣がある今の若い人には、ほとんど無縁のものであるかも知れない。
僕も、まぁまぁ若い世代(?)のつもりではいるけれど、でも、実は風呂に入らない日がかなりある。仕事に夢中になっていると、つい風呂入らず何日も経過して・・・気付くと、金田一耕助よろしく頭を掻きむしりながら原稿を書いていたりする。
それでも、心のどこかに金田一耕助をヒーロー視する気持ちがあって(なんていったって難事件を見事に解決してしまう天才なのだから)、ああ俺も金田一・・・などと悦に入って、自分を許してしまう。実のところ、そういう微妙な世代なのだ。
不潔な自分を甘やかして・・・いけませんね。若い人を見習います。
しかし甘やかしついでに、今回は「風呂に入らないと頭が痒くなるのは何故?」というテーマを掲げてみたい。しかも、実はちゃんとした答えを用意していない。
「不潔なのが駄目なんでしょ、風呂に入れよ。以上終わり」と今風に簡単に片付けず、少し考えてみたいので、おつきあい願いたい。
頭が痒くてたまりませんと病院に行っても、数日風呂に入っていないと打ち明けた時点で、お医者さんは「ああ、じゃあまずはお風呂に入って様子を見てください。おだいじに」と言って相手にしてくれないだろう。だから、これはきっとプレ医学な問題だ。そういう部分をつっつくことこそ、このコラムの意義であると思っている・・・(言い訳はこのくらいにします)。
では早速だが、体はなぜ"痒い"という信号が発するのかを考えてみよう。
痒みは前回までに述べた痛覚や温覚とも関連する、皮膚に分布する知覚神経が作り出す感覚の1つだ。つまり、物理的刺激や熱、毒物などの「侵害刺激」を受け取り、体の危険を察知するのに役立っていると言えるだろう。
自然界で痒みによって察知される有害なものというと、例えば、毒のある虫とか植物などが連想される。そういうものが知らず知らずのうちに体に触れていたら大変なので、動物の皮膚は「痒み」を発して、即座に手足で払いのける、あるいは、掻くことによって、そういう有害なものを排除しようとするのだろう。
ただ、これが風呂に入らないことと関連するのかというと、やや疑問である。
別な方向でも考えてみよう。
頭皮も皮膚呼吸をしていて、血流に酸素を乗せて組織に送り届けることが重要なのかもしれない。皮膚の細胞というのは層構造になっていて、深部では生きた細胞だが、表面に押し上げられてくる角質細胞は途中で死んでしまい乾燥したアカやフケになる。そこに皮脂腺から分泌された脂分などが絡まることで皮膚の表面を保護するバリアになっている。
けれど、もしかすると、あまりに洗わずバリアが分厚くなってしまうと、皮膚呼吸を妨げられて、組織が酸欠した状態になってしまうのかもしれない。もし、そうだとするなら、これは生体にとっては良いこととは言えないだろう。そこで「掻きむしる」ことで古い角質をはぎ取り、組織の局所的な酸欠を防いでいるのかもしれない。しかも、掻く動作にはマッサージ効果もあるだろうから、血行を良くする役割もあるかもしれない。
となると、「掻きむしる」という行為は体にとって良いことなのだろうか?
ここからは少し医学的な領域に入ってくる。
「掻きむしる」行為は、専門用語で「掻破(そうは)」と呼ばれている。「掻いてやぶる」という意味だ。そういう用語があるのは、それが皮膚疾患などで大きな問題となるからだ。
どういうことかというと、「掻きむしる」行為は、実はさらに痒みを生み出してしまうという問題があるのだ。これは皆さんも経験があると思う。掻けば掻くほど痒くなり、やがて皮膚が破れて血がにじんできてしまう。このような破られた状態(掻破された状態)になってしまうと、さっき述べた皮膚のバリア機能が働かなくなって、細菌や化学物質の侵入を許すことになり、ひどい炎症が起きてしまう。
つまり、「掻きむしる」行為は皮膚の状態を悪化させてしまうのだ。
金田一耕助も、もしかしたら頭皮が掻破された状態だったのかもしれない。考え事をすると頭がかゆくなる。それは、きっと頭に血が上って表皮の温度が高くなるからなのだろう。痒みは、温度が高いと強くなり、冷やすとおさまるという性質がある。それがきっかけで、頭を掻きむしるのだろうが、あんなにフケがボロボロ落ちるほど掻くのだから、金田一耕助の頭皮は普段からダメージを受けていて、普通の人以上に痒みが強かったに違いない。
フケもあまりにひどい場合には、頭部粃糠疹(とうぶ・ひこうしん)あるいはフケ症という病名があるのだそうだ。