

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2007-02-12 号
高野 雅典(医学ライター)
1997年代に発見されたカプサイシンの受容体は、皮膚や消化管の粘膜などの感覚神経や中枢神経に存在しており、興味深いことにカプサイシン以外にも熱や酸(水素イオン)、一部の化学物質などの刺激を感じ取る役割をもつことが分かっている。
前々回、唐辛子(カプサイシンを沢山含んでいる)のような辛さを英語で"Hot(熱い)"と表現するのも分からなくないと書いたが、たしかに、唐辛子は辛いし、ピリピリ痛いし、熱い感じがする。それだけを見ても、人の体が熱や痛みを感じる仕組みは単純ではないと思われる。
例えば、皮膚に存在する感覚神経は「触覚」「圧覚」「温覚」「冷覚」「痛覚」など、さまざまな感覚を生じる役割をもっている。皮膚の神経線維は太さが様々なものがあり、受け取った刺激の伝導速度も様々であるという。
痛みの感覚、つまり「痛覚」は、Aδ(デルタ)繊維やC繊維と呼ばれる神経線維が担当していると言われる。Aδ繊維は、直径が3μmぐらいであり、感覚神経線維としては中くらいの太さの経線維だ。有髄神経とよばれる構造を持っているため刺激の伝導速度が速い。痛みの中でも一時的な鋭い痛みを担当している神経であり、熱の刺激も感じ取る。
一方のC繊維は、直径が1μm以下とかなり細い神経繊維で、無髄構造であり、刺激の伝導速度はAδ繊維の10分の1ほどで遅い。鈍い痛みを担当している神経だ。しかし、外傷の後や炎症などの持続する痛みを感じ取るのがこのC線維なので、医学的な重要性は高い。
唐辛子のカプサイシンの刺激を受け取る受容体(バニロイド受容体と呼ばれる)は、実はC繊維にのみ存在し、Aδ繊維には存在しないと言われている。唐辛子で感じる皮膚や粘膜のピリピリとした痛みや灼熱感は、C繊維を介して生じているということになる。
さらに、おもしろいのは、このバニロイド受容体の性質だ。この受容体はカプサイシン以外に熱や酸(水素イオン)の刺激を受け取るが、カプサイシンの刺激が一定以上に強くなると活性が鈍ってしまうという性質がある。つまり、あまり強いカプサイシンの刺激を受けると麻痺してしまうのだ。
こういう性質を利用して、カプサイシンは薬品としても使われている。
例えば、帯状疱疹というウイルス性の皮膚疾患では、疱疹が引いたあとにも持続的な痛みが残る。その痛みを抑える薬としてカプサイシンを含む塗布薬が開発されている。カプサイシンでC繊維を刺激することで、痛みの感覚を麻痺させてしまうわけだ。ただし、この薬はカプサイシンによる強い灼熱感が問題となって使えない場合もある。
カプサイシンを利用した、もっと身近な例は「温感タイプ」の湿布薬だろう。湿布薬はもともとはメンソールなどを含んでいてスーッとする「冷感タイプ」のものが多かったが、ここにカプサイシンを少量含めると温かい感覚が生じるのだ。これも、バニロイド受容体が痛みや熱など複数の刺激を受けとる性質を利用したものと言えるだろう。
なお、「温感タイプ」の湿布薬は実際に皮膚表面の温度をわずかに上昇させるそうだが、痛みの原因となっている深部の温度を上げて血流を増加させるほどの効果はないという。どちらかというと、肩こりの痛みなどを「温かい」という心地よい感覚で和らげる役割があるようだ。
カプサイシンが神経に作用する性質を利用した、もっと複雑な治療法としては、過活動膀胱の治療がある。過活動膀胱というのは突然の強い尿意で尿漏れなどの障害が起きる病気だ。膀胱の知覚神経が異常に働いていて、急激に膀胱収縮が起きることが関係していると考えられている。この病態の治療のため、低濃度のカプサイシンを膀胱内に注入する治療が行われることがある。
このように、カプサイシンは神経に対して独特な作用をもつことから薬品として使用されることも少なくないのだ。
ところで、最近、バニロイド受容体は消化管の粘膜保護の役割を担っていることが分かってきた。胃や十二指腸に分布する神経の一部にカプサイシンの刺激を受容するバニロイド受容体が存在することが分かっている。この神経は、胃酸の刺激を受けると胃や十二指腸の血流を増加させて、さらに粘液の分泌を増加させるらしい。
つまり、胃酸が多すぎる場合は粘膜を溶かし傷つけてしまうが、そういう酸性の刺激をバニロイド受容体をもつ神経が感じ取り、血流増加や粘液分泌を介して胃や十二指腸の粘膜を保護しようとするというわけだ。
となると、唐辛子のカプサイシンもバニロイド受容体をもつ神経を刺激することで胃粘膜保護に役立つのだろうか? もしかしたら、ごく少量なら保護の役に立つのかもしれないが・・・どうだろうか。
いや、むしろカプサイシンは、生体防御の観点からみれば熱や酸と同類であり、体に対して侵害刺激をあたえる成分と捉えるべきだろう。
それしても、
こんな風に体の様々な神経を刺激するカプサイシンが高濃度に含まれている唐辛子の料理を、自分はなぜ「美味しい」と感じて沢山食べてしまうのか、まったくもって不可解だ。カプサイシン受容体を様々な神経が持っているということは、そのような物質から体を防御しなければならないこと意味しているような気がするのだが・・・。
でもまぁ、少量の唐辛子なら、きっと大丈夫。なによりも「美味しい」と感じてしまうのだから仕方ない・・・。