

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2007-02-05 号
高野 雅典(医学ライター)
東京では寒い日が少しずつ少なくなっていて、今年は雪を見ることもなく春が来てしまうのかも知れない。だいぶ温かくなってきた。でも、僕はまだ、唐辛子や山椒(サンショウ)など体が温まる香辛料に夢中の日々を送っている。
めちゃくちゃ辛い料理といって、僕がまず思いだすのは四川料理だが、四川では赤唐辛子を使い、それから、花椒という山椒の一種を香辛料としてたっぷり使うのだそうだ。
本格的な四川料理のお店で麻婆豆腐を食べたら、唐辛子だけとは思えないとてもコクのある味がして、これは一体何の味なのかと聞いたら、たくさん入れた花椒の味だという。
四川料理は、「麻」と呼ばれる味(山椒の痺れるような辛味)と「辣」と呼ばれる(唐辛子の辛味)が大切なのだそうだ。
唐辛子といえばカプサイシン、山椒といえばサンショオールという辛味成分が有名だ。どちらも化学的には似通った物質なのだそうだが、料理というものは、そういう似通った物も別々に扱い、それぞれ混ぜ合わせるのだから不思議だ。やっぱり、唐辛子だけでは物足りないし、山椒だけでも物足りない。両方たっぷり入った四川の「麻婆豆腐」こそが美味しいのである。
ところで、前回の続きだが、こういった香辛料を食べると、体がポカポカ暖かくなる気がするのは何故なのだろうか。例え、料理の温度がそれほど高くなくても、体はポカポカしてくる。
マウスなどを使った実験によると、唐辛子のなかに含まれているカプサイシンは、体温を下げる効果と、体温を上げる効果があることが分かっている。「暖かくなる気がする」だけではなくて、本当に体内の温度調節の仕組みに影響をおよぼすのだ。
カプサイシンは体の色々な部分に作用する。
体温調節に関わる脳の視床下部に対する作用がその1つだ。カプサイシンをマウスの視床下部に投与すると、体温が下がるという。発汗や呼吸数の増加、血管が拡張するなどの変化が起き、その結果、体温が低下する。
また、脳幹にも作用して、この場合には、副腎髄質からのホルモン(アドレナリン)分泌を増加させる。アドレナリンは体内の脂肪分解を促進するので、むしろ体熱の産生を促す。つまり体温を上昇させる方向に働く。
体温を下げて、体温を上げるとは、ちょっと矛盾した話に聞こえるが、カプサイシンは体内に入り込むと、まず視床下部を介した体温を下げる放熱の働きを強める。汗が出るのは、そのためだ。しかし、その後は、副腎髄質からのホルモン分泌促進によって体熱産生が強くなり体温が上昇するのである。
カプサイシンを感受する受容体は、体内の様々な神経細胞に存在することが分かってきているが、しかし、カプサイシンはそもそも体外の物質であり、体内で自然に作られるものではない。一体なぜ、体外の物質を感受する受容体が、皮膚のような外界に触れる部分ばかりでなく、視床下部のような中枢神経にまで存在するのかは、考えてみると不思議である。おそらくは、カプサイシンに分子構造が似た体内の物質が存在して、それが体温調節に参加しているのではないかと考えられているが、まだ発見されてはいない。
いずれにしても、本格的な麻婆豆腐を食べると、自分でもびっくりするほど汗がタラタラ流れるし、舌もしびれるし、たしかに不思議なものだ。しかし・・・
「カプサイシンは脂肪燃焼を促進するのでダイエットに効果的」と言われて唐辛子がブームになったことがあるが、これは、本当のところはどうだろうか。たしかに、汗もかくし脂肪も燃焼するのかも知れないが、「痩せられる」ほどの唐辛子を摂取したら、胃腸が持たないに違いない。辛いものは、胃腸の粘膜を荒らしてしまうので、注意が必要だ。
ようするに、僕のように香辛料に夢中で辛い物好きでも、体のことを考え、ほどほどにしたほうが良いというころだろう。「不思議だなぁ」と思いつつ、少しずつ唐辛子や山椒と付き合ってみることにする。