

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2006-12-18 号
高野 雅典(医学ライター)
料理が辛いことを英語では「hot」と表現することが多い。アメリカに行って、「very hot!」と書かれたメニューを頼むと、とても辛い料理が出てくる。日本でホットといえば温かい・熱いというのが第一の意味なので、あちらとこちらでは、ちょっと感覚が違うなぁと感じる。
英語では、熱い、辛い、ヒリヒリする、これらの感覚を同じhotという一語に含めてしまうのだが、でも、これは納得できる部分もある。辛いものを食べると、たしかに、ヒリヒリする感覚もあるし、汗が出てきて熱いとも感じる。感覚とは不思議なもので、痛いのか、熱いのか、辛いのか、自分でもはっきり分けることができないことがある。それをどうにか言葉にして表現するから、結果的に、1つの言葉が沢山の意味をもつようになってしまうのかも知れない。
ところで、体の仕組みとして興味深いのは、唐辛子のように辛いものを食べると、実際の温度はそれほどでもないのに、タラタラと汗が出てくることだ。なぜ、「辛い」と「熱い」が一緒になってしまうのか?
皆さんもその名前を聞いたことがあると思うが、唐辛子などに含まれている辛み成分である「カプサイシン」にその秘密がある。カプサイシンは神経を強く刺激するが、あまりに刺激が強く、持続すると、こんどは逆に神経を麻痺させてしまう不思議な物質だ。その性質を利用して、神経を麻痺させる物質として科学的な実験などに用いられることも少なくない。
カプサイシンの「辛い」と「熱い」が一緒になってしまう理由は、1997年にカプサイシンの受容体分子が特定されたことで、よりはっきりしてきた。受容体というのは、細胞が外部の特定物質を認識するのに役立つ蛋白質分子のことだ。神経細胞はTRPV1と呼ばれる受容体分子を細胞膜に持っており、この分子が外部からやってきたカプサイシンと結合すると活性化して、細胞の中に様々な変化を引き起こし、神経細胞を興奮した状態にする。つまり、カプサイシンに対して神経が反応するメカニズムを担っているというわけだが、このTRPV1と呼ばれる受容体分子は、実はカプサイシンと結合したときだけ活性化するのではない。他に、酸(水素イオン)や温度によっても活性化することが分かっている。
TRPV1をもつ神経は、カプサイシン感受性知覚神経と呼ばれ、胃や小腸などの消化器臓器には、このタイプの神経が分布していることが分かっている。このことから類推すると、唐辛子などが含まれた食品にはカプサイシンが豊富に含まれており、TRPV1をもつカプサイシン感受性知覚神経を興奮させる。ところが、TRPV1は、温度センサーとしての役割も持っているため、あたかも「熱い」という感覚を生じさせて、脳に信号を送る。脳はこれに反応して、「熱い」→「汗を流して体温を下げよ」という命令を発信するのだろう。その結果、唐辛子を食べると汗がタラタラと流れ出すと考えられるのだ。
カプサイシン感受性知覚神経の役割については、胃や小腸などの消化器の分野でとくに研究が進んでいる。しかし、カプサイシンという物質は温感タイプの湿布にも使われていたり、昔から冬場に唐辛子を靴の中に入れておくと足が温まるといった使われ方もしている。皮膚に対する刺激が強く(なので発赤・発疹など良くない作用をすることもある)、血流を増加させる作用があると言われている。
TRPV1は、皮下などに分布しているC繊維と呼ばれる知覚神経にも存在することが分かってきているので、これから、カプサイシンのような刺激物質と体温調節との関係なども明らかにされることが期待されている。