

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2006-07-03 号
高野 雅典(医学ライター)
最近、大人たちの間で「メタボリックシンドローム」という言葉が注目されている。成人に多い生活習慣病として、テレビや新聞でくり返し報道されているからだ。でも、カタカナが苦手な世代の間では「メタなんとか」と、なかなか覚えられないようだ・・・。「メタボリックシンドローム」を「メタボリック症候群」と言っても良いが、それでもメタボリックとは何ぞや?とひっかかる人が多いらしい。
「メタボリック(metabolic)」とは「代謝の〜」という意味である。メタボリックシンドロームは、体内の糖質や脂質の代謝に異常が生じた結果として現れてくる一連の症候を指している。
ちょっと難しいので、さらに具体的にいうと、食事によって摂取した栄養分を、蓄積したり、消費したりする仕組み(つまり代謝の仕組み)に異常が生じて、栄養分が脂肪組織に過量に蓄積したり(肥満)、血液中の糖分(血糖値)、脂肪分(脂質値)が病的に高くなったり、それに伴って血圧値も上昇するといった状態を指している。
それで一体、メタボリックシンドロームというのは、どういう病気なのか。一般の人からは「何やら新しい病気ができたそうですね」と話されることが多い。新しい・・・という言葉にはちょっと語弊がある。今まで存在しなかった病気が最近になって生まれてきたわけではなく、以前から、そういう病的な状態は存在していた。が、ここ20年間ぐらいの様々な臨床研究によって、この状態が非常に危険であることがハッキリ分かってきた。そして、そういう状態に疾患概念を与え(つまり名前をつけて)、積極的に予防したり、治療したりしようという動きが活発化している、ということなのだ。
無形のものでも、名前をつけると、具体的な対象として捉えられるようになる。
そしてもっと具体的な疾患概念にするため、診断基準が作られる。最近、日本国内で盛んに「メタボリックシンドローム」という言葉が使われるようになったのは、実は、日本循環器学会や日本糖尿病学会などの8学会で構成される日本内科学会において、日本独自のメタボリックシンドロームの診断基準が作られたからなのだ。そして、数カ月前、この診断基準に準じると、日本の成人男性の約半数がメタボリックシンドロームになると厚労省が発表したことで、さらに大きな注目を集めた。
最初にメタボリックシンドロームの診断基準を作成したのは世界保健機構(WHO)であり、それは1999年のことだった。その直後にはアメリカでも同様な診断基準が作られた。しかし、実は、それよりもずっと以前、1980年代の後半ごろから、高コレステロール血症や高血圧などがそれぞれバラバラではなく、お互いに関係し合う病気であることが研究者のなかでは指摘されていた。それらは「死の四重奏」「シンドロームX」「インスリン抵抗性症候群」「マルチプルリスクファクター症候群」など、様々な呼ばれ方をしていたし、それぞれが指している内容も少しずつ異なっていた。いわば大同小異な複雑な概念が複数存在していたのである。
複雑なのは、その名前だけではない。メタボリズム(代謝)そのものが非常に複雑な仕組みなのだ。栄養分が代謝される仕組みを全部覚えようとしたら、きっとJRの路線図を全部暗記するよりも大変だろう。栄養分となる物質、様々な糖質・脂質・蛋白質の名前を覚え、それらの分子構造と相互関係を覚え、代謝に関わる無数の酵素の名前・分子構造も覚えなくてはならない。それだけではない、腸や肝臓などの消化器系の器官、栄養分を貯蔵する脂肪組織、運搬する血管系の構造や、その病的状態についても知らなくてはならない。しかも、代謝やメタボリックシンドロームに関する基礎研究、つまり、細胞や遺伝子、分子レベルでの研究は今も全世界で盛んに行われているのであって、全部覚えるといっても確かな「教科書」があるわけではない。今、この瞬間にも新しい知識・情報が生まれてきているのだ。
さて、これほどまでに混乱した複雑な概念を、1つに取りまとめようとするのは何故なのだろうか。
それは、糖質や脂質の代謝の異常によって多くの人が命を失っている現実があるからなのだ。例え、細胞や分子のレベルでは、まだ正確に分からないことがあっても、少なくとも、メタボリックシンドロームと呼ばれる状態にある人は、心臓病や脳卒中を起こす可能性が高いことが、一般の人々に対する追跡調査から明らかになったのである。
そして、複雑な宇宙のような仕組みである「代謝」の異常を、簡略化し、多くの人が理解しやすいように取りまとめた日本の診断基準なのだが、さっそくその内容を見てみると・・・。
でも実は、そこではちょっと拍子抜けするほど簡略化された診断基準が示された。
メタボリックシンドロームの診断の第一歩。それは、なんと。
「メジャーでウェスト(腹囲)を計りましょう」というものだった。
さすがに、ここまで簡略化してしまって良いのだろうか?という疑問も起きるが・・・次回は、その診断基準の内容について見てみよう。メジャー1本で何が分かるのか、何ができるというのか。
けれど、そこには、日本の研究者たちの実に思慮深い、合理的な判断が働いているので注目して欲しい。