

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2006-05-01 号
高野 雅典(医学ライター)
CDプレーヤーやアンプ、スピーカーなどのクオリティを追求してゆく高級オーディオの世界では"ホスピタルグレード"と呼ばれる壁コンセントが持てはやされている。どこの家にもある壁コンセントを、医療用として売られているハイグレードなコンセントに取り替えると、そこに繋ぐオーディオ機器の音が良くなるというのだ。
ホームセンターなどで電気パーツを眺めたことがある人なら、コンセントとはどういう物が知っているだろう。金属のプレートやプラスチックの箱などが組み合わされているが、要するに電気が流れる連結部分でしかないので、複雑な機械が組み込まれているわけではない。千円以下で普通のものが買える。
ところが信じられない話だが、オーディオショップに行くと1個で数千円〜1万円以上するような様々なコンセントが売られていて、それらを買い求める人が実際にいるのだ。
興味深いのは、オーディオを趣味とする人達が、数ある電気パーツのなかで"医療用"をハイグレードとして認めていることだ。たしかに、高品質な電気パーツは何かと考えたら、それは一般家庭用ではない、何か特殊なプロ用の、業務用の・・・ということになるだろう。そうして"ホスピタルグレード"と銘打たれている電気パーツに行き着いた、ということなのかと思う。
ちょっと考えてみると、医療で使われる様々な物が、一般用よりも高品質であることは当然のことなのかも知れない。何より安全性や耐久性が求められるので、粗悪な安物では困る。
コンセントだって、MRIのような大型検査装置を駆動する電源にも使われるのだから、大きな電流の変化に耐えて、電磁波の影響を受けにくく、経年変化にも強くなくてはならない。生命維持にかかわる機器を繋ぐのなら、家庭用のコンセントのようにコードに足を引っかけただけで簡単に抜けてしまうような仕組みでは困るだろう。
少し大きめの病院ともなると独自の変電設備を備えていて、非常時の自家発電装置を備えている病院もある。普段から沢山の電気を使い、しかも震災などでも患者を守る必要があるからだ。自分が手術を受けている最中に大地震が起きるなんてことは誰も想像していないが、しかし、手術は日本全国で毎日沢山行われており、今この瞬間にも誰かがお腹を開ける難しい手術を受けている。救急外来やお産などを含めれば、医療現場は夜中も含めて24時間稼働している。大地震などの災害が起きるその瞬間に、手術を受けている人、生命維持装置に繋がれている人がいることは必至だ。
こうしてみると、医療で使われる設備というのはやはり信頼性が高いものでなくてはならない。パワーも、耐久性も、精度も求められる。
宇宙開発や軍事関係には高度な技術が投入されるが、最も個人の生活に密着していて重要な分野である医療に高度な技術や確かな物資が使われることは歓迎すべきだと思う。もちろん、無用の長物は要らないので、コストや資源消費とのバランスも考慮しなければならないという条件付きではあるが。
今年の3月に名古屋で開催された日本循環器学会では「循環器学の過去・現在・未来」というテーマに沿って、医療現場でのIT技術の未来像を探るセッションが行われた。例えば、介護用ロボットの開発がどのように進んでいるかなどが紹介されたが、その中で、すでに実際の病院施設に導入されている高速ネットワーク設備の報告は興味深かった。
岐阜大学病院の事例で、この病院に導入されたネットワークは、ちょっとした企業のイントラネットなどよりも、ずっと強力なものだという。
少し難しい話になるが、一般的なイントラネットは、建物のなかに複数のハブが設置されていて、そこに繋がれた機器が回線を共有するというものだ。例えば、1つの部屋に設置されている何台かのPCは1つのハブに接続され、さらに同じフロアにある各部屋から回線がフロア毎のハブに接続され、それが一台のルーターに集約されるという形になっている。簡単にいうと、限られた回線を皆が共有する形になっている。
ところが、岐阜大学病院のネットワークはスター型といって、全ての端末がルーターに接続する形になっているという。要するに全ての端末に専用回線が用意されているのだ。しかも、2800本の光ケーブルが院内に敷設され、1つの端末の回線速度は1Gbps(※例えば家庭用の光ブロードバンド接続サービス100Mbpsと比べて10倍以上の速度!!)もあるという。
こうなると、どのような事が出来るのか。まず患者のカルテは全て電子化されて、院内のどこからでも閲覧することが出来る。手術中の映像(最近では全ての手術を録画保存する施設が増えている)もリアルタイムで院内のどこからでも見ることが出来る。CTやMRIなどの検査結果もフィルムに焼き付けることなく、電送して閲覧・保存することが出来るのである。

1台の端末から、いつでも患者さんのカルテ内容や様々な画像診断結果などを閲覧することが出来る(岐阜大学 紀ノ定保臣先生の発表より)
強力なネットワークのメリットは大きい。あらゆる情報を居ながらにして瞬時に入手できるため、医療者が院内を行ったり来たりする時間を短縮することが出来る。1つの情報を複数の医療者が簡単に共有できるため連絡が正確かつ迅速になる。ペーパーレスのカルテ、フィルムレスの画像診断で大幅にコストを削減できる。従来、密室的だった手術の状況を多くの医療者が必要に応じて把握できるなどである。
しかし当然ながら、患者のプライバシー保護のため強力なセキュリティや使用者のID管理が必要になるのは言うまでもない。何しろ院内の全ての端末から、カルテや検査結果、手術映像などにアクセスできる形が取られているのだから。数ある対策の1つとして、端末にはハードディスクなどの記憶装置が無いシン・クライアントシステムというものが採用され、情報漏洩を防いでいるという。
このセッションでは、「それだけの設備投資をするのは大変なのではないか」という病院経営側の意見もあったが、例えばフィルムを使わない画像診断などでコストが削減できるので、導入から2年以内に最初の投資分を回収できる見込みだという。
いずれにしても、医療に対して高度な技術や確かな物資が導入することは、最終的には患者さんのメリットが最大とのことを目標にすべきであるし、そうであれば大いに歓迎すべきと言えるだろう。