

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2006-01-23 号
高野 雅典(医学ライター)
受験をひかえた皆さんにとっては、この時期の風邪対策はとても重要なことだと思う。僕は以前、塾講師の仕事をしていたことがあるのだが、「どうしたら風邪を防げるか」と生徒から相談されることが何度かあった。僕は医者でもないし科学者でもないので、その本当の答えを知らない。けれども、それが切実な問題であることは自分の体験も含めて知っている。
ここ一番というときには、最大限の力をだして良い結果を残したい。受験期ともなると、多くの生徒は勉強の内容のことで頭が一杯だ。しかし、なかには少し落ち着いた生徒がいて、そういう生徒は受験の間際に風邪を引かないかと心配している。なるほど、最大の力を出すためには体調管理が大切であると、その生徒は気付いているのだ。(そういう視点がもてる人というのは、受験までの時間的な距離も意識できているので、その間に自分がやれること、やっておくべきことも明確にできており、結果的に上手に受験という難関を乗り越えてゆけるものだ・・・)。
さて、当時の僕は、生徒がせっかく相談しに来てくれているのだから、何とか風邪を引かない方策を教えてあげたいという気持ちだったが、正直なところ、見えない敵から一体どうやったら身を守れるのか、何も答えをもっていなかった。せいぜい、自分の母親や、その上の世代から伝わってきた「昔の人の知恵」を生徒に話すくらいのことしかできない。そんな答えでも、生徒は「それ、うちのお母さんも言ってた」とニコニコして納得してくれるのだが、果たして、本当にあれで良かったのだろうか?
人は複数の人から同じ話を聞くと、それが本当だと思い込んでしまう癖がある。
もう少し、道理で物事を考えてみよう。僕が医学ライターという仕事をして学んだことの1つに、病気をはじめとする身体現象は全て複数の因子が関係して起こる、ということがある。これだけは、皆さんに「本当ですよ」と言える。きっと風邪についても同じことが言えるだろう。風邪という現象には、いくつもの因子が関係している。
まず、風邪のウイルスが存在しなければ風邪を引くことはない。だから風邪のウイルスは因子の1つだ。感染力はどうか、どんな症状を引き起こすのか、それらはウイルスの性状によって異なってくる。それから、ウイルスが体内に侵入し、感染する、そのプロセスも因子の1つだ。ウイルスが体内に侵入してくる経路が無防備ならば、感染のリスクは高くなる。しかし、例えウイルスが感染しても、それを迅速に抑制できれば風邪は軽く済んでしまうわけで、体の側の免疫の力も因子の1つと言える。それ以外にも、体調に作用する食品や薬も因子であるし、気温や湿度といったことも因子として関係している。そういった多くの因子が関係して、風邪という現象が成り立っていると言える。
なので、たった1つで、決定的な、完璧な予防策というのはあり得ないだろう。インフルエンザに対してはワクチンを注射する予防法があるが、それでさえ完璧とは限らない。
風邪対策として、僕らがすべきことは多段階の予防だろう。風邪に関連するいくつもの因子があるなかで、いくつかの予防策をとる。その組み合わせで、少しでも風邪のリスクを減らせるようにする以外なさそうだ。
まず、最初の因子である風邪のウイルスを避けるにはどうすればよいか。目に見えないのがウイルスではあるが、少なくとも言えることは、人が多い場所にはウイルスが存在する可能性が高いということである。人に感染するウイルスを媒介するのは、まさに人である。なので、この時期は、人が大勢集まる場所には、用がない限り行かないほうが無難だ。映画や買い物は全ての試験が終わってから、存分に楽しめばいい。
しかし、人が大勢集まる場所に全く行かないというわけにもいかない。そこで第二段階の予防策として重要になるのが、先週も述べたように、外から帰ったあとのうがいと手洗いだ。風邪のウイルスが体のなかに侵入する入り口は、一体どこなのかを考えてみよう。手足などの皮膚から直接ウイルスが侵入するわけではない。皮膚には強力なバリア機能があり、簡単にはウイルスを通過させない。風邪のウイルスが最初に人体に取り憑くのは、主に鼻や喉の粘膜だ。これは逆にいうと、身体の構造がよく出来ているからであって、ウイルスが粘膜にトラップされるからとも言える。鼻腔や喉の構造は、吸気を複雑な気流にするようになっていて、これを直接体内に取り込まず、温めたり、ホコリなどの飛沫をトラップしてから体内に送るように出来ているのである。うがいで洗浄できる範囲は限られてはいるが、トラップされたホコリやウイルスを少しでも体外に排出したほうが、感染のリスクは減らせるだろう。そして、風邪のウイルスのもう1つの侵入経路は、手や食品などに付着することである。汚い手で食べ物をつまんで食べてしまっては、ウイルスの侵入を許すことになる。外出中に意識してみると分かることだが、手は、ドアノブやつり革、お金、椅子など、多くの人が触れる色々なところに触れる。そこに、くしゃみや咳をした人の唾液の飛沫がかかっていないとも限らない。やはり、外から帰ったら、うがいと手洗い。これをしっかりやることは、とても大切だ。
風邪の予防には、体の免疫力を高めると良いと言われる。けれども、具体的にどんなことをしたら免疫力が高まるのかとなると、実に色々なことが言われている。体を動かすことや、ある種の食べ物を摂取することで免疫力が高まるとも言われる。今の時代だと手軽にサプリメントということになるのかもしれない。たしかに、B群をはじめとするビタミン類や亜鉛などのミネラルは免疫細胞を活性化するのに役立つらしいが、あたかもそれが薬であるかのように考えるのは単純すぎるだろう。むしろ、バランスのよい食事をして色々な食品から多種多様な栄養分を摂るほうが手っ取り早いのではないか。
我が家では、先々代から、風邪の予防はネギに限ると言われている。他に、ショウガが良いとか、ニンニクが良いとか、色々なことが言われている。それぞれ少しずつ効果はあるかも知れない。僕も昔、生徒から相談されたときに「毎朝、生ネギをきざんだものを食べるといいらしいよ」と話したことがあるが、果たして、あの子は風邪を引かずに受験出来ただろうか。たしかに自分もネギを食べていると、風邪を引きにくいような気がする。ただ、「気がする」程度の家族の伝承に基づいて無責任なことを言うべきでなかったと、今では思う。先日、多摩動物公園のチンパンジーたちが、生ネギを餌に加えたら風邪引きがゼロになったという報道を読んで、少しだけ安心した。あながち効果がないわけではなさそうなので、僕自身はこれからもネギを食べようと思うが、それだけで全て解決というわけではないので、やはり多段階の予防策は必要だろう。
最後に、昔からアメリカで風邪の予防・治療に有効と信じられているエキナセアという植物(ハーブ)について、最近の科学的な試験では有効性が認められなかったという話をしよう。エキナセアは、アメリカンインディアンが古くから感染症や怪我の治療に使ってきたハーブだという。と言うと、どこからか自然の治癒力とかいうキャッチフレーズが聞こえてきそうだが、やはりアメリカの人々もインディアンの知恵を信じて、このハーブを使った製品を長きに渡って使用してきたらしい。
ところが、エキナセアと呼ばれて使用されている植物は実は3種類あり、成分を抽出する部位も花だったり根だったり、抽出方法も様々であり、製品によって含有成分がかなり違うという。そうした理由もあって、有効だ、無効だと、議論が分かれてしまう。エキナセアの抽出物が広く使用されるようになって100年近い歴史があるので、臨床試験も数多く実施されているが、しかし、これらの結果を総合的に解析してみると、実際のところは明確な有効性は認められないのだという。
つい最近のことだが、バージニア大学の研究者らが、1種類のエキナセアの根から抽出した成分を使って、科学的な試験を実施した。約400人のボランティア被験者を幾つかのグループに分けて、鼻粘膜にライノウイルス(一般的な風邪のウイルス)を接種する一週間前あるいは接種時からエキナセア抽出物を使用することで予防効果や治療効果が得られるかどうかを、プラセボ(偽薬)と比較して調べたのだ。エキナセアの抽出法は3種類採用されていた。しかし、どのエキナセア抽出物を使用しても、血液中のウイルス量や抗体量は、プラセボを使用した被験者に比べて低下せず、鼻粘膜の炎症も変わらなかったという。残念ながら、これらのエキナセアの抽出物は、鼻粘膜に到達したウイルスの活動を抑制することは出来なかったのである。
この研究者らは、他の種類のエキナセアを使用したり、他の抽出方法を使った場合の結果は分からず、必ずしもエキナセアが無効と断定することは出来ないと含みを残してはいるが、これまでの多くの臨床試験の結果を総合的にみる限り、やはり有効性を証明することは難しいようなのである。
受験をひかえた皆さんは、1つの食べ物やサプリメントで風邪が予防できるとは考えず、是非とも、防寒やうがい、手洗いなど、基本的なウイルス対策をして欲しい。その上で、家族や友人が勧めてくれる風邪対策にも耳を傾けて、多段階の防御策をとって欲しいと思う。