

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-12-19 号
高野 雅典(医学ライター)
今年の米国心臓協会(AHA)学術集会では、日本人にとって快挙とも言える出来事があった。今回は、そのことについて書こうと思う。AHAはアメリカの学会ではあるが、年に一度の学術集会にはアメリカ以外の研究者も数多く参加し、世界中から約3万人があつまるという、とても大きな学会だ。
この学術集会の目玉の一つに「Late-Breaking Clinical Trials」というセッションがある。ここでは、世界各地で実施された大規模臨床試験の最新結果が相次いで報告される。心臓病や脳卒中を予防するために、どんな治療薬を使ったら良いのか、どんな組み合わせで使うと最も有効で、副作用が少ないのかといったことを、数千人から数万人の患者さんを対象にして調べた結果が次々と報告されるのだ。最近では、国際試験と言われる、複数の国が協力参加する大がかりな臨床試験も少なくない。AHA学術集会のLate-Breaking Clinical Trialsは、こういった大切な最新情報が発表される、いわば世界中の循環器内科医が注目するセッションなのである。

AHA学術集会のLate-Breaking Clinical Trialsでは世界の大規模臨床試験の結果が次々報告される
今年、AHA学術集会に参加した日本人は、近年にない「Late-Breaking Clinical Trials」を体験したと言えるだろう。例年だと、そこで発表されるのは、アメリカやヨーロッパなどの外国の大規模臨床試験の結果ばかりである。日本の医師は、外国で実施された大規模臨床試験の結果を眺めつつ、「でも、これは外国人で調べた結果だから、日本人には、そのまま当てはまらないかも知れない」という思いを抱えるのが常だ。しかし、今年は違った。これは、おそらく日本にとって初めてのことだと思うが、この晴れ舞台で、日本発の大規模臨床試験結果が、同時に2つも報告されたのだ。
大規模臨床試験の結果が注目される理由をもう少し解説しよう。例えば、血圧を低下させる「降圧薬」という薬があるが、降圧薬には、古くから使われている薬、新しく開発された薬も含めて、実に様々な種類がある。ひとくちに「血圧が高いから、降圧薬で治療しましょう」と言っても、どの薬を使えば良いかは、患者さんの年齢や心臓の状態によって、あるいは、高血圧以外に抱えている病気があるかどうかなどで違ってくる。
治療法の選択というのは、科学的なデータがなければ、医師の経験などに頼るしかないが、それでは心許ない。一体どんな治療法が適しているのか、それを判断するには、科学的かつ客観的なデータが必要になる。医療に役立つデータは、実際の臨床の現場で多くの患者さんを長期に渡って追跡調査することで初めて得られるが、そういうデータを得るための重要な手段の1つとして、大規模臨床試験は実施されるのだ。
大規模臨床試験にはもう一つ大切な役割がある。それは、降圧薬の例でいうと、ただ血圧を下げる効果があるのかを確認するだけでなく、「血圧を下げれば本当に心臓病や脳卒中が予防できるのか」「生命を救い、死亡率を下げられるのか」という問いに答えることである。血圧が高くても、通常は、明日死んでしまうということはない。つまり、高い血圧を低下させることで心臓病や脳卒中の発生を抑えられるのか、それによって生命を守れるのかという問いに答えるためには、少なくとも数年、できれば数十年という長期間にわたって患者さんたちを追跡調査しなければならないのだ。大規模臨床試験を実施する意義は、ある治療が本当に生命にかかわる重大な出来事を防ぎ、生命を守ることに役立つのかを、長期間の調査のなかで明らかにすることにある。
このように、科学的・客観的データに裏打ちされた医療を実現するうえで、とても大切な大規模臨床試験の実施なのだが、日本では海外で評価されるような臨床試験が実施しにくい事情がある。次回は、その日本の事情について、そして、今回のAHAのLate-Breaking Clinical Trialsで発表された2つの大規模臨床試験が日本特有の事情をどのように乗り越えて実施されたのかを紹介しよう。