

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-10-24 号
高野 雅典(医学ライター)
CT検査という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。CT検査を受けたことがあるという人も少なくないと思う。CTとは"computed tomography"、日本語ではコンピュータ断層撮影法とも言われる。レントゲン検査と同じように、X線を体に照射して体内の様子を診断する装置だが、通常のレントゲンと違うのは、X線管やX線検出器を体の周りで回転させながら照射を繰り返し、体の断面画像をコンピュータで再現することだ。そのため、通常のレントゲンよりも被曝(ひばく)線量が多くなる。
被曝と聞いて、誰もが思うのは発癌のリスクだろう。「レントゲンやCT検査で癌になることはないのか?」と怖くなる。しかし、怪我や骨折で病院に行けば、レントゲンを撮ることは少なくないし、頭を打ったり、突然の強い頭痛やめまいでCT検査を実施することも特別なことではない。
医者は体の内部を肉眼で透視することなどできない。やはり検査をして、体内で何が起きているのかを確認しなければ、どんな治療をするのか決定するのも難しい。患者自身にも同じことが言える。体内の画像を見せてもらって、「ここが、このように悪くなっています」とか「とくに異常な影はみつかりません」と説明してもらうのが一番納得がいくものだ。事故などで頭を強打してしまったら、CT装置を備えたしっかりした病院で診てもらって、異常があるならすぐにでも手を打ってもらいたいと思う。
幸いなことに、日本は世界で最もCT装置が多い国なので、そこかしこの病院でCT検査を受けることが出来る。しかし、その診断装置による被曝で、将来、癌になるとしたら、「念のためにCT検査をしましょう」という医者の言葉に、即賛成というわけにいくだろうか?
そんな心配に対して、具体的な数字を挙げた新聞報道があった。2004年の2月のことだが、日本人の癌について、「がんの3.2% 診断被ばく原因(英の大学推定)」という見出しで報道された。この見出しだけをみると、日本の癌患者の100人中3人は医療機関の検査が原因と推定される、ということになる。もし、本当にそうだとすれば、これは大変なことだ。「日本は世界で最もCT装置が多い国」などと喜んでいられない。
この新聞報道の根拠になったのは、『The Lancet』という医学界で権威ある論文誌に掲載された1つの論文だ。その論文によると、日本は、イギリス、米国、オーストラリア、カナダなど先進国15カ国の中で、CTをはじめとするX線を使った検査の実施頻度が最も高いのだという。ただ、これら15カ国のなかで日本だけがCT検査の実施頻度データが入手できず、この論文では、日本のCT検査頻度は他国の平均と同程度という仮定に基づいて解析が行われた。日本は世界で最もCT保有台数が多い国であり、その分CT検査頻度も高まると仮定した場合には、X線検査被爆による発癌は3.2%よりもさらに高く、4.4%と推定されるとも書かれている。これは恐るべき数字だ。癌患者100人中4人、すなわち25人中1人は、病院での検査が原因で癌にかかったということになる・・・。

この論文では、日本は放射線検査の回数が多く、放射線検査が原因の癌患者割合も高いと推定されているが・・・
ただ、僕は、この数字をそのままに信じて良いのかと考えた。そもそも、癌の原因が、検査による被曝だと、どうして分かるのか。患者さんの癌細胞を顕微鏡で覗いても「検査が原因の癌です」と書かれているわけはない。3.2%というのはあくまでも「推定」であるし、その推定方法も、この論文を提出したイギリス人研究者が、主にイギリス国内での検査被曝の状況を明らかにしようとして決定した推定方法だったことを考えに含める必要がある。イギリスは15カ国の中で最も検査被曝が少ないので、発癌のリスクは多めに見積もり、「最大でもこれくらいの発癌しかない」ということを言うために書いた論文のようだ。つまり、同様の方法で推定された日本の検査被曝による発癌も、公平に見れば「最大でこれくらい」という数字ということになる。
「最大で」という部分について、もう少し解説したい。この論文で推定された「検査被曝による発癌患者数」というのは、広島・長崎のデータに基づいている。このくらいの被曝線量が、このくらいの発癌リスクになる、という根拠として広島・長崎のデータを使っているのだ。これは、大量の被曝による発癌と、少量の被曝による発癌とを同一視した立場だ。
発癌は、発生する癌細胞と、それを抑制する免疫とのバランスで決まると言える。癌細胞が免疫を逃れて、生き延び、増殖し続ければ、病気としての「癌」になるが、少量の癌細胞は免疫に負けて病気としての「癌」に至らないこともあるだろう。一時期に大量の放射線を浴びれば、大量の癌細胞が発生してくるが、少量の放射線では細胞の癌化はほとんど起こらない、あるいは、少量の癌細胞が発生しても免疫によって駆逐される、と考えれば、少量の放射線は心配ないことになる。レントゲンやCT検査が実施されるのは、むしろ、このような考えに基づいている。
広島・長崎のデータを使って推定した3.2%という数字は、大きめに見積もられている可能性が高い。論文のなかでも、これらの推定値は、実際よりも大きめである可能性がある、と書かれている。研究者らは、現実の危険性が推定値を上回ることがないよう、最大の推定値を報告したのだと思う。
話が二転三転して申し訳ないが、それでもなお、日本のCTの保有台数の多さは異常なのかもしれない。何しろ、日本の保有台数は米国の2倍、ヨーロッパの国々を全て合わせた数、全世界のCTのうち4分の1近くが日本にあるとも言われている。こういった特殊な環境のなかで、気を付けなくてはならないことは一体何なのか、次回はその点について、もう少し考えてみることにしよう。