

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-08-22 号
高野 雅典(医学ライター)
茨城県石岡市の開業医の先生が書いた小冊子を紹介する前に、少し寄り道をして、2〜3年前に自分の身におきたエピソードを書いてみようと思う。仕事の疲れから高い熱が出て寝込んだときのことだ。そのとき、思わぬ出来事が自分の身におきた。
仕事の疲れがたまって高い熱を出すということは、僕は年に1度か2度あるので、「いつものことだ」と思って病院には行かず、とりあえず寝て過ごすことにした。
ところが、熱が40度近くになり、2日目に思わぬことが起きた。眠りから覚めると、なんとなく腕が「かゆい」感じがしたのだ。右腕も左腕も、かゆい・・・。どうしたのかと、パジャマの腕の部分をまくってみると、赤い色の発疹がたくさん出ている。ただの疲労と発熱だと思っていたので、なにか不気味な感じがした。
布団のなかで冷静に自分の全身に意識を向けてみると、かゆいのは腕だけじゃない。首筋もかゆい、腹のあたりも、背中も、脚も・・・。もしやと思い、僕は上体を起こして、パジャマの上着を脱いでみた。おどろいたことに、赤い発疹は全身に広がっていた。起き出して洗面所の鏡をのぞく。・・・顔も発疹だらけで、真っ赤だ。耳にまで発疹がある。明かりの下で見てみると、手の平や指先、足の先までもびっちりと発疹がある。あまりに突然のことだったので、気が動転した。「一体これは何だ?」
子供の頃にじんま疹になったことぐらいはあるが、それを除けば、僕はこれといったアレルギーの経験はない。せいぜい夏場にアセモが出来るくらい・・・。とにかく頭部からつま先まで、全身に発疹が出たことなど、自分の知る限り(赤ん坊のときは何かあったかも知れないが・・・)、初めての経験だった。
自分は医者ではないけれど、ちょっとは「原因は何だろう」と考えてみる。皆さんも、何が起きたのか、原因は何なのか、一緒に考えてみて欲しい。可能性のある原因はなんだろうか?
僕は、そのとき、1週間ちかく部屋にこもって原稿を書いていただけなので、近所に買い物に出る以外、人と接触していない。あまり感染性の病気とは考えられないが、でも、コンビニの店員さんやお客さんから何か感染した可能性は捨てきれない・・・・。薬の副作用(薬疹)という可能性もあるが、実は、熱が出ても「いつもの疲れ」と思ったので、風邪薬は飲んでいない。熱が急激に上がってからは食欲がなくて、1日以上ペットボトルのスポーツ飲料しか飲んでいないので、腐ったものを食べた食中毒とも考えにくい。実際、発疹以外は、吐き気とか腹痛はなかったのだ。
やはり感染性の病気だろうか・・・。
僕はとにかく、最寄りの大学病院に行ってみることにした。近所の皮膚科は休診だったし、救急外来に行ってみるしかないと、思ったのだ。道すがら、嫌な予測が頭のなかで渦巻く・・・。何か、体内に大きな病気があるのではないだろうか。例えば、癌のような・・・。発疹が出たからといって、そこから癌を連想する人は一般には少ないと思うが、実はありえない話でもない。
はたして、大学病院に着いてみると、救急外来に内科の新米の先生がいた。どのくらいの新米さんなのかは患者の側からは分からないが、微に入り細にわたる問診(当然のことながら食べ物のことや薬のことなど全てを聞かれる)、「全身に発疹が出ています」と言えば、ちゃんと服を全部脱がされて、視診もおこたらない。そういう丁寧な診察をするのは、やっぱりスタートしたてのお医者さんの特徴だ。そして、うれしかったのは、お腹を手でグリグリ触診してくれたことだ。その先生は、何も言わずにそれを始めたのだが、おそらく固形癌の腫瘤(腹部内臓の癌が大きくなると手でお腹を探っただけで分かることがある)が無いかどうかを心配してくれたのだと思う。発疹ぐらいで、患者を無暗に不安がらせてはいけない、という配慮から、無言で触診をしてくれたのだと思う。そのことにも感謝した。
しかし、その先生の10数分間におよぶ丁寧な診察の結果、出てきた診断結果には、ちょっとがっかりした。
「皮膚科の先生を呼びますので、お待ち下さい」
思わず「え?」と聞き返してしまった。「風邪が原因で発疹が出たのだと思うが、念のため皮膚科の先生の意見も聞きます」というのだ。うーん、慎重なのはありがたいが、ちょっと頼りがいがない・・・。
しかも、呼ばれてきた皮膚科の医師のあっさりとした態度には驚いた。新米の内科医の先生が診察した内容をすでに聞いていたのだと思うが、一瞥をくれただけで「ようするに何らかのウイルスが体内に入って、それで発疹が出たのでしょう」「痒いですか?」「痒みが強くなったときのために、塗り薬を出しておきます。発疹は、おそらく数日でおさまります」と言って、足早にその場を立ち去っていった。このクールさは、一体?
しばらく待っていると、再び、新米の内科医の先生が診察室に入ってきた。
さて、皮膚科の先生の意見も聞けたことだし、そろそろ治療の方針を聞かせて欲しい。痒み止めの塗り薬だけですか?
「熱が高いようなので、点滴で水分補給をしましょう。おうちに帰ってからも水分を取るようにしてください。あとは、皮膚科の先生がおっしゃていた塗り薬を出しますので、痒みがひどいときは、それを塗って下さい」
僕としては、成人がかかる麻疹(はしか)なども気にかけていたが、聞いてみると、それでもないらしい。麻疹(はしか)ではないと判断した根拠は、僕には分からなかったが、おそらく皮膚科の先生が判断したことなので、それを信じるしかない。ついでにウイルスがどんな種類の物なのかも分からないという。このまま数日のうちに発疹が引いてしまうとしたら、わざわざ検査をしてウイルスをつきとめても意味がないのだろう・・・それは僕にも理解できるが。
このときの経験は、まったく狐につままれたような感じだった。全身に赤い発疹が出るという生まれてはじめての出来事で、大学病院に駆け込んだわりに、受けた治療といえばブドウ糖が主成分の栄養点滴だけ。全身に塗るためだと思うが、ハミガキ粉よりも大きなチューブに入った重たい薬を2本貰って、なんだか間の抜けた感じで呆然と家に帰ってきた。
一体何が起きたのか、僕にはどうにも分からなかった。「ウイルスが入って、発疹が出た」それだけのはなし・・・。たしかに、全身の発疹は数日のあいだに少しずつ消えてゆき、熱が下がるころには、もう何の症状もなくなってしまった。ただ、その間に、体の中で何が起きていたのか分からないというのは、どうも後味が悪いし、不気味だ。
おそらくは、新米の内科の先生も、皮膚科の先生も、診断を下すときには、僕という患者の「体の中におきた出来事」のイメージが何かあったに違いない。だからこそ、栄養分の点滴と痒み止めだけで良いと判断したのだろうし、その結果も、たしかに数日で発疹がひくという予想通りのものとなった。
間違いはなかった。けれども、体内で何が起きて、発疹が出て、そして引いていったのか・・・。それが明らかな分かりやすいイメージとして捉えられないというのは、何とも不安だし、くやしい気持ちにもなる。
自分の体の中で何が起きたのか、なぜ発疹が出たのか、そのことに対する答えが少しだけ見えたのは、それから2〜3年たって、茨城県石岡市の開業医の先生が書いた小冊子を読んだおかげなのだ。
ということで、今回は寄り道してしまったが、次回こそは、その小冊子の内容を、少しだけ紹介して見ようと思う。