

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-08-08 号
高野 雅典(医学ライター)
先日は、茨城県で皮膚科の病院を開業している先生に会ってきた。この先生、「自分ほど変わっていて、おもしろい人間はいない」とおっしゃっていて、ご本人がそういうのだから、僕も遠慮なく「変わった先生だ」と言おうと思う。どこが変わっているかというと、この先生、いままで何千何万という患者さんを診療した経験を通じて、皮膚科の診療の方法を取りまとめて、体系化しようとしているのだ。とにかく、そこが変わっている。
と、聞いて、皆さんは疑問に感じるだろう。「患者さんたちを診た経験から診療方法が作られるなんて、それは当たり前のことだろ?」と。
誰だって、そう思うだろう。過去からの沢山の治療に関する知識の集積、そういうものが医学の大学や学会を通じて医師たちに伝達され、現在の診療のあり方が形作られているというイメージを持っているからだ。
ところが、そうでもない実状が皮膚科の診療にはあるらしい。たしかに、沢山の皮膚疾患に名称がつけられ、その治療法が様々な人々から報告され、研究室ベースでも組織学や免疫学、分子生物学的な面も含めた詳しい研究が行われている。しかし、多種多様な皮膚疾患の名前を覚え、それらに有効な治療法が書かれた論文を読み、最新の分子生物学的な知識を身につけても、それでもなお、現実に目の前にやってきた患者さんの皮膚疾患が何であるかは、分かるようにならないという。また、どのような治療をしたら、どういう結果になるかということも明確に予測できないという。
だとしたら、例えば新人の先生方は、どうしたらよいのか。どうすれば、しっかりとした診療が出来るようになるのか。それは、やはり何千何万という患者さんを診て、経験を積み上げてゆくしかないと言われている。
これでは誤診も増えるだろうし、新人の先生方は自信をもって診療にあたることができない。そこで、この先生は、今までの複雑な皮膚疾患の分類名から離れて、もっと簡便に、かつ、満足のいく結果が得られるような、皮膚疾患の診療方法を一冊の冊子にまとめ、全国の皮膚科を目指す新人さんたちに送り届けているのだ。
今までの皮膚科学は、沢山の種類の皮膚疾患に対する治療法やそのメカニズムを明らかにしてきた。しかし、それらの知見は、全て最初に疾患名ありきで、疾患名が明らかにならなければ何の意味もなさないものだという。ところが、目の前にある「発疹」が一体何であるのか、それを見分ける方法については、全くといってよいほど、しっかりとした体系だった情報がないのだという。
これは僕自身の私見であるが、皮膚科でそういった状況が続いてきてしまった理由は、皮膚疾患の多くが発症するメカニズムが似通っており、乱暴な言い方をすれば、炎症を抑えるステロイドや、微生物を殺す抗生物質などを塗れば、特殊な疾患を除いて大半のものが、とりあえず良くなってしまうからなのではないかと思う・・・。
皮膚疾患の種類を見極めないままで適当に塗り薬を選択しても、当然の事ながら「最良の結果」は得られない。しかし「まぁまぁの結果」が得られることがある。あるいは、貰った塗り薬が全然効かなければ、患者さん自身が「この医者は藪医者だ」と判断して、別な皮膚科に行くという結果になる。次の病院でも、また同じようなことが繰り返され、「まぁまぁの結果」に満足するか、やっぱり駄目だということで次の病院を探す・・・・こんなことが繰り返される状態を「ドクター・ショッピング」という。
皮膚科の診療では、ドクター・ショッピングをしてきた患者を診ることが少なくないと聞く。患者さんが今までどんな薬を使ってきたのか、その実物を持ってきてもらい、前の医師が何をしたかを知る。同じ方法では治らないのだなと判断し、別の方法を試す・・・。こんなことを繰り返されたら、患者さん側はたまったものではない。
茨城の先生は、驚くほど沢山の症例(診療した患者さん)のデータを持っており、「目で見る」診療が大切な皮膚科であることから、患者さんの患部の写真を沢山集積している。積み上げられたカルテ、写真。こういったものを駆使して、「医療現場」から新しい情報を発信しようとしてる。今までのように、大学の皮膚科学というアカデミズムの高みで情報を作り出すのではなく、実際の多くの症例を「根拠」にして、実践的な皮膚科診療を実現しようと孤軍奮闘しているのだ。
その先生のパワーはものすごい。こんなことをしようとしているのは「日本で自分だけだ」と、その先生はいう。先生が作っている冊子を見せて頂いたが、そこに書かれている皮膚疾患の分類法は、医師でない僕にも簡便で分かりやすく、しかも、とても論理的なものだった。これだったら、複雑・多種多様な皮膚疾患を大きく見渡すことができ、最短コースで本当の疾患名に辿り着けるかもしれないと思わせるものだった。
もちろん、医師でない僕が、その小冊子を読んでも、即座に皮膚疾患を診断できるようになるわけではない。しかし、医学部生として沢山の知識を身につけた人、あるいは、日頃、実際の症例を目の前にしている皮膚科の臨床医なら、この体系的な分類法・診断プロセスを使うことで、今まで以上に実践的な診療が行えるようになるだろうと思う。
次回は、その一端を少しだけ紹介してみたいと思う。一体何が起きて、皮膚に病気が発生するのか、そういうことを意識できるようになるのは、医師でない僕たち一般人にとっても有益なことだと思うし、僕自身、この先生の小冊子を読んで、とてもおもしろいと思ったからだ。病気の分類法を「おもしろい」と感じるような経験は初めてだったのだ。