

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-08-01 号
高野 雅典(医学ライター)
最近精子について書き始めたのは、今年の米国泌尿器学会で、日本人の精液の状態について調べた聖マリアンナ医科大学の岩本晃明先生の研究成果を見たのがきっかけだった。普段、病気やその治療についての研究ばかりを眺めているので、「正常な状態」を調べる研究であることが印象的であったし、そもそも、精子・精液が正常であることは、人が子孫を残す(つまり世代を越えて生き続けてゆく)ために、とても重要であるとの思いから、もう少し詳しく知ってみたいという気持ちになったのだ。
考えてみれば、「何が正常か」を定義することは、とても難しいことだと思う。精子・精液について言えば、妊娠を成立させることができて、最終的に健康な赤ちゃんが生まれてくれば、生物としての目標は達成されるわけだから、それが「正常」ということになるのだと思う。しかし、例えば、世界保健機構(WHO)の「正常な精液」の定義を見てみると、精液量は2ml以上、pHは7.2以上、精液濃度は1ml中に精子が2千万以上、精子運動率(運動している精子の割合)50%以上、精子形態正常率(形態が正常な精子の割合)15%以上と書かれている。これらの基準は、妊娠が可能な精液の状態を示しているわけだ。ただし、もし検査を受けて、この基準を少しでも下回っていたら、もう絶対に妊娠は不可能という、そういう意味ではない。妊娠の可能性が低いから、何らかの治療を考慮した方が良いということなのである。
やはり「正常」の定義は難しいらしく、WHOの精液診断基準は、過去に何度か修正されている。精液中の精子濃度は、かつて1ml中に1億以上という正常基準だったが、1999年に改訂された現在の基準では、1ml中2千万以上となっている。なぜ、1億から2千万に減ってしまったのだろうか。1つには、平均的な精子濃度が徐々に低下している可能性が考えられる。理想的には1億以上と言われても、実際に人々の平均がそこまで追いつかなければ、それは正常値として意味がないというわけである。もう1つは、2千万以下の少ない精子数であっても、治療によってどうにか受精・妊娠を成功させるだけの技術の進歩があったことを指しているのかもしれない。
いずれにしても、「正常」の基準というのは、人々の身体の変化や自然環境の変化、さらには、異常を正常化する医療技術側の進歩によって、いくらでも変動するものと言えるだろう。
ところで今回、こんなことを書いているのには、少し訳がある。子供が授けられるかどうかということに関して、差別的な言葉を使って、女性側を責めたり、逆に男性側を責めたりといったことが、昔から行われていることが気になるからだ。そういった差別的なことを言葉にする人は、大抵ろくな知識も持たず、現代科学で一体何が分かるか、何が出来るかを知らない人たちだ。ひどい場合には「先祖からの因縁だ」といったことまで言い出す。
まぁ、腹を立てても仕方がないので、そういう人には、一度でも精子の姿を顕微鏡で見たことがありますかと言ってやりたい。自分の目で、生命誕生に関わる細胞の姿を見たら、根拠のない言葉もひっこむだろう。
少し脱線したが、「正常」というのは揺るぎないものではなくて、時代・状況によって、いくらでも変わるものだということを知って頂きたい。また、たしかに「不妊症」の診断では、男性側に要因があるのか、女性側に要因があるのか、という視点で色々な検査を進めてゆくのだが、その過程は、まさに夫婦である男性と女性の共同作業になる。そして、現在では、不妊に対する対策として、様々な手段があり、不妊の原因が診断されれば治療によって50%以上は妊娠が可能だと言われている。
今回の学会で、岩本先生が研究報告した内容によると、これまで常識とされてきたこととは違って、男性の精液・精子の状態は、季節による変動があまりないことが示された。これは、もしかしたら日本人男性の生活環境が都市化していることと関係しているのかもしれないと、僕は思っている。また、精巣の大きさは、精液の量とは無関係だが、精子の数とは関係があり、しかし、精子の運動性とは関係ないという詳しい研究結果も興味深い。これは、精巣の大きさを見ても、妊娠の可能性が高いか低いかは一概には判断できないことを指している。いずれにしても、このような地道で詳細な研究があるからこそ、精子・精液に対する正しい理解が出来るのだろうし、それが妊娠や不妊に関わる様々な問題の解明にもつながってゆくのだと思う。