

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-06-13 号
高野 雅典(医学ライター)
前回に引き続き,精子の話を。今回は,精子の姿を少し詳しく見てみよう。精子は精虫とも呼ばれ,それがどんな動きをするかは,みなさんも映像などを見たことがあると思う。
精子の姿が特徴的なのは,なんといっても,微生物などにある鞭毛(べんもう)と同じ構造をもっていることだ。「鞭毛構造」と呼ばれる構造が,精子の尾部(主部)の中心に位置していて,その周りを線維の束が包む形になっている。

精子の大きさは,頭部の長さが5μm(ミクロン),尾部の長さが55μm。尾部の直径は太いところで1μm,
終末部は0.1μm程度。(イラスト作成:Kappa)
精子は,鞭毛構造を使って活発に泳ぐわけだが,そのエネルギーを供給するのが,中間部に存在する10数個のミトコンドリアだ。ミトコンドリアは,TCA回路(クエン酸回路)や電子伝達系が備わっていて,高いエネルギーを発生する細胞内小器官であることは生物の授業で習っていると思う。精子も,このエネルギーを使って運動するわけである。ただし,精子が鞭毛を使って泳ぐのは射精の後だけだと言われている。不思議なことだが,射精以前の段階では,エネルギーを温存するために鞭毛運動をしないのだという。
精子の頭部には,精子が存在する理由とも言うべき,大事な「核」がある。この核のなかに,減数分裂によって通常の半分の量に減ったDNAが収められている。卵子側も半分の量に減ったDNAがあり,これが受精によって混合されると,通常の量のDNAになるというわけだ。
精子の頭部には相反する2つの機能が備わっている。1つは大切な核を輸送中守ること,もう1つは卵子に到達した際に,卵子の細胞膜と融合し内部の核を細胞質内に送り届けることだ。1つはしっかりと内容物を守り,もう1つは正しいタイミングで内容物を放出する,そういった逆の働きをするために,精子は腟内に射精されてから受精するまでに2つの重要なプロセスを完了する必要がある。1つは,受精能獲得と呼ばれるプロセスで,それまで酸性の膣内環境から核を守ってきた頭部の被膜を時間をかけて捨て去ることだ。このプロセスは約7時間かかると言われている。そして2つめのプロセスは,先体反応と呼ばれ,卵子に到達した際に,頭部の先体に含まれている酵素(ヒアルロン酸分解酵素やトリプシン様タンパク分解酵素)を放出することだ。これらの分解酵素の働きで,卵子の周囲にある透明帯と呼ばれる膜構造に穴をあけ,内部の卵子の細胞膜と融合する。
正常な精子が卵子に到達する確率が非常に低いことは,みなさんも知っているだろう。最もおもしろいのは,女性の卵巣・卵管は左右2セットあって,1回の排卵はそのどちらかで起こるということだ。だから,精子は間違って排卵の起きなかった側に泳ぎ進むと,もう卵子と出会うことは出来ない。普通に考えると,この分かれ道で,卵子に出会える可能性は2分の1ということになるが,実際には,そうではないという。ちょっと不思議だが,卵子のいる卵管側に進む精子の数のほうが多いのだそうだ。その理由はまだ良く分かっておらず,卵子が何らかの未知の物質を放出して,精子を呼び寄せるのではないかとも言われている。ただ,やはり,本当のところは良く分かっていない。
精子は1回の射精で数千万〜1億くらいの数が放出されるが,卵子と出会う場所である卵管膨大部に到達出来るのは,100〜1千程度だと言われている。
ただし,これは正常な精液中に含まれる精子の話である。精液量や精子濃度が低かったり,精子の運動率が低かったりした場合には,なかなか受精出来ないことになる。次回は,世界保健機構(WHO)が提示している「正常な精液」の診断基準と男性側の原因で妊娠が出来ない「男性不妊」について見てみることにしよう。