

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-06-06 号
高野 雅典(医学ライター)
性に関する話題は気恥ずかしさのせいか、なんとなく世間からは陰に追いやられがちだが、人間の誕生に関わる問題でもあるので、本当はとても大切だと思う。まぁ、今回から少し、精子について書いてみようと思っている。
というのも、先月末に米国サンアントニオで開催された米国泌尿器科学会で、日本の岩本晃明先生という方が、日本人男性の精液について1年間追跡調査した研究結果を報告しているのを目にしたからだ。みなさんも、テレビの報道などで、環境ホルモンの影響などで生物の精子が減少しているとか、変質しているといった話を聞いたことがあるだろう。そういった危機がいつ人間にも及んでくるか分からないわけだが、しかし、そもそも男性の精液中に含まれる精子がどのような状態なのかを知らなければ、「異常」にも気づけないわけで、岩本先生のような基本的な研究は貴重と言えるだろう。もちろん、何らかの病気が個人の精子に影響をおよぼすかもしれないし、何年たっても子供が出来ない夫婦にとっても、精子の状態は気になる問題だ。そういったことを検査したり、調べたりする上でも、正常な精液中の精子の状態を知ることは役に立つ。
岩本先生によると、精液の量や、精液中に含まれる精子の濃度、精子の運動性などは個人差があるほか、年齢によっても変わるし、射精の頻度によっても変わるという。そして、おもしろいことに、この研究分野では、精液量・精子濃度・運動性が「季節の影響」を受けるというのが常識なのだそうだ。今回の岩本先生の研究報告では、健康な大学生男子45人(18〜24歳)が試験対象となった。彼らから毎月1回精液の提供を受け、射精の頻度などについても報告を受けた。こうした試験を1年間継続した結果、精液量・精子濃度・運動性などは個人差はあるものの、これまで常識とされてきた季節変動はほとんどないことが明らかになったのだという。
この結果には納得がいかないとばかりに、多くの外国人ドクターが岩本先生のもとに詰め寄っているのを見た。彼らの質問内容は、日本の季節変動がどうなのかという点に集中していたようだ。気温や湿度の変化の仕方は、世界の各地域でかなり違っているから、日本には大きな温度変化や湿度変化がないのではないか、と考えたのかも知れない。精液量・精子濃度などは、射精頻度からも影響を受けるが、岩本先生の研究によると、射精頻度も季節によって変わることはなく一定していたのだという。
この研究からは、他にもおもしろいことが分かっている。それは、個人の精巣(睾丸)の大きさと、精液量は無関係だということである。しかし、精子濃度や精子の総数は精巣の大きさに関係している。やはり、精子を作り出す組織が多いほど精子の量も増えるということらしい。ただ、精子の運動性(全ての精子のうち運動している精子の割合)は、精巣の大きさとは無関係だという。精子の量だけでなく、精子の運動性は、男性側の生殖能力にとって大事な要素だが、これらを考え合わせると、男性の生殖能力は精巣の大きさからは必ずしも判断がつかないということになる。
通常の夫婦が2年以上子づくりに成功しない場合、不妊の疑いということで診断や治療を受けてみる必要があると言われる。男性側に不妊の原因がある場合を「男性不妊」と呼ぶが、この男性不妊の診断には、精子の検査が重要だという。そこでは、岩本先生が測定した精子濃度や精子の運動性のほか、精子の顕微鏡下での形態異常とその割合などが検査される。
これは最初にも述べたように、人間の誕生や子孫繁栄の問題でもあるので、世界保健機構(WHO)が診断基準を作成して、地域格差が少なくなるよう努力をはらっている。そのくらい人類にとって重要な関心事であるとも言える。