

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-05-23 号
高野 雅典(医学ライター)
先週は米国の消化器病学会の取材のためイリノイ州シカゴに行ってきた。今回は、そこで見つけたいくつかの話題を紹介したいと思う。
はじめに、前回、製薬企業の開発競争について書きたいと言っておきながら、しばらくコラムをお休みしてしまっていたことをお許し願いたい。春から初夏にかけては国内外の医学学会が目白押しで、どうにもゆっくりと原稿を書く時間が取れずにいたせいだ。
先週シカゴに行っていたのは、消化器に関する学会としては世界最大規模と言われるDDWという学会を取材するためだった。DDWは、米国内の4つの学会が共同で開催する消化器病学会であり、医師だけでも2万人近くが参加する。その他の医療従事者や製薬・医療機器メーカーからの参加者を加えると、その数はさらに大きくなる。
そんなに大勢の人間が集まって、毎年毎年、科学データを持ち寄って会議を開いているのに、なぜ病気が根絶できないのかと不思議に思う人もいるかもしれないが、実際に学会会場にいて何千という数の研究発表を眺めていると、むしろ「いまだに分からない未知のことだらけなのだなぁ」と感じる。
そして、もう1つ思うことは、病気というものは昔からあるものがそのまま続いているのではなくて、時代とともに変化するということだ。例えば、昔から100の病気があって、それが変わらないのなら、医師たちが1つ1つ治療法を発見していけば、病気の数は減り、やがて根絶できるだろう。だが、実際には、医師たちの尽力で100から80に減っても、また新しい病気が登場することで100にもどってしまう。そして、新しい病気が次々に登場するのは、その大半、人間そのものに原因がある。
今回の消化器病学会で話題になっていたことの1つに「肥満」がある。胃や小腸、大腸といった消化器の働きは、まさに「栄養をとる」ということだが、栄養の取りすぎから来る肥満が、今、人類にとって大きな病気の1つになりつつあるのだ。今までにも述べてきたが、肥満は、糖尿病や心臓病などの病気を増加させる。そのどれもが、悪くすると死に至る病だし、例え死なないとしても、大きな障害を残すような結果になる。
ご存じのように、米国は「肥満大国」と呼ばれている。実際、米国に来てみると太った人が本当に多い。あまりに皆が太っているので、それが普通の体型に見えてくるが、そういう錯覚も含めて、肥満が日常化した国だなぁという印象をもつ。外食のレストランでは、あまりに沢山の量の料理が運ばれてくる。ハンバーガー屋のコーラのカップは、普通に、大きい。スーパーマーケットに置かれている安売りのジーンズは、お尻と太もものあたりが異様に膨らんだデザインになっている。親が太っていれば子も太っているのが普通で、ゴムまりのような体型の一家が沢山ディズニーランドにやってくる。
消化器病学会のプレス・リリース(報道資料)を読むと、米国内で、太りすぎのために胃の一部を切り取って縮小させる手術を受けた人の数は、1990年代では1年間に1万6000人ぐらいだったものが、2003年では1年間に10万3000人に増えたのだそうだ。「栄養を取りすぎないよう胃を切る」ということ自体、驚くべきことだが、今では1年間に10万人以上もの人が、そういう手術を受けるのだという。
もちろん、肥満のすべてが個人の責任だとは言えない。例えば足などの怪我や病気のために充分な運動量が確保できずに、肥満になってしまう人もいる。そういった人が命を守るために、胃を切除するのなら仕方がないことだろう。しかし、多くの場合は、食事内容や食事量に対する無配慮、自動車や家電などに頼る生活での運動不足が原因なのだと思う。
シカゴで最新作のスターウォーズを観るために映画館に行ってみたが、そこに来ていた若い観客たちは、皆、スーパーの袋ほどの大きさの入れ物に入ったポップコーンを買って、味付きの油をダラダラと大量にかけて、それをもって上映室に入ってくる。コーラの大きさもポップコーンにまけていない。皆、自動車で移動してきた客ばかりで、何時間も椅子に座って、こんなエンタテーメントに興じている・・・その風景1つで「肥満大国」の理由が分かる。
消化器病学会では、肥満が「食道癌」や「大腸癌」のリスクを高めることが報告された。最近、言われていることだが、やはり、肥満は癌の要因にもなるようだ。1つは日本の東京大学のグループが研究報告したものだが、肥満が大腸癌のリスクを高めるというだけでなく、逆に、体重を減少させることで大腸癌のリスクを減らせるということを科学的手法にのっとって検証した優れた研究報告だった。
日本では、肥満の危険性はまだそれほど認識されていない。米国ほど、ひどい肥満がないからだとも言えるが、しかし将来的にはどうなるか分からない。案外、黄色人種のなかで一番太っているのが日本人、ということになるのかも知れない。しかも、肥満の問題は、短期的なことではない。子供の頃からの食生活、若い時代の食生活、そういったものが中年、老人になった頃に影響してくる。沢山食べて生きてきた人が、明日から量を減らして暮らしていけるか、運動せずに生きてきた人が、明日から何倍もの距離を歩いて生活できるかといったら、それはかなりの困難を伴うのだ。今の状況が、10年後、20年後の日本に影響する。新しい病気とも言える肥満が蔓延する前に、日頃の生活を見直さなければならないだろう。