

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-04-04 号
高野 雅典(医学ライター)
グォーグォーと、いびきをかいていた人が、突然、グァっと言って息を止めてしまうのを聞いたことはないだろうか。家族の中にそんな人はいないだろうか。
今、睡眠不足から交通事故を起こしてしまう原因になると言われ、社会的に注目されている病気に「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」というものがある。読んで字のごとく、寝ている間に呼吸が止まって「無呼吸」の状態が10秒ほど続き、それが一晩に何回も繰り返されるという病気だ。
睡眠中に何度も無呼吸が繰り返すので、その度に眠りが浅くなり、連日の症状で睡眠不足になって、やがて昼間に思わぬ事故を起こしてしまう可能性があるというのだ。呼吸が止まるといっても、そのまま死んでしまうことはないので、その点は心配いらない。無呼吸状態になった本人は息苦しさを感じ、やがてグァっと大きな「いびき」音をあげて再び呼吸し始める。
ただ、SASを患っている人は、寝不足で昼間の事故を起こしやすくなるばかりでなく、将来的に、脳卒中や心臓病、糖尿病などの生活習慣病にかかる危険性が、通常の人の数倍〜10倍も高いことが報告されている。米国で行われた調査では、重症SASの患者さんの9年後の生存率は60%ぐらいだったという。つまり重症の患者さんでは、9年以内に約40%の人が交通事故か脳卒中・心臓病などによって亡くなってしまうということだ。日本では、まだ発見されていない患者さんも合わせて、200万人くらいのSAS患者さんがいると推定されている。
なぜ、SASの患者さんは脳卒中・心臓病・糖尿病などの病気にかかりやすいのだろうか。睡眠中の無呼吸は、血液中の酸素濃度を下げ、逆に二酸化炭素の溶存量を増やす。この状態が全身の血管や組織に悪影響を与えると言われている。また、SASの患者さんでは、緊張状態を作り出す交感神経の働きが高まっていると言われる。交感神経が強く働くと、心臓は必要以上に拍動して、やがて疲弊してゆく。さらに、SASの患者さんでは高血圧を合併している人が多い。これらのことは心臓にダメージを与え、心臓病にかかる可能性を高めてしまう。また、夜間に血圧や血流量・酸素の供給量が大きく変動すると、脳の血管にもダメージがあり、脳卒中の危険性が高まってくる。
漫画などでは、グーグーという「いびき」の音は、よく寝ていることの象徴として使われるけれども、実際には、体にとってあまり良いことではないようだ。いびきをかくのは、舌の付け根や軟口蓋と呼ばれる部分が気道(空気の通り道)を狭めてしまうことが主な原因だ。また、肥満で喉のあたりに脂肪組織が多い人もいびきをかきやすい。実は、この状態はSASの一歩手前なのである。

正常な人の気道(左)と閉塞した気道(右)。舌や軟口蓋(鼻腔に食物・飲み物などが入るのを防ぐ柔らかい部分)が落ち込んで気道を塞いだり、喉の周囲の脂肪組織が邪魔をして気道が閉塞する。その他、扁桃肥大・アデノイドなどの病気によって閉塞する場合もある。(イラスト:Kappa)
いびきがひどいばかりでなく、やがて気道が閉塞して呼吸が止まるようになると「閉塞性睡眠時無呼吸」と呼ばれる病態になる。SAS患者の大多数は「閉塞性睡眠時無呼吸」である。その他に、呼吸中枢の異常が原因の「中枢性睡眠時無呼吸」や、閉塞性と中枢性が同時に起きている「混合型睡眠時無呼吸」もあるが、その数は少ない。つまり、「いびき」は、SASの重要な危険信号の1つなのである。
もちろん、いびきを全くかかない人は、ほとんどいないだろう。疲れているときなどは、だれでもいびきをかくものである。ただ、それが毎晩であり、ときどき息が詰まっているようだったら注意が必要だ。SASの診断には医師が使う基準があって、「1時間のあいだに10秒以上の無呼吸が5回以上ある」または「7時間の間に10秒以上の無呼吸が30回以上ある(そのうち何回かはノンレム睡眠中にある)」という条件からSASであることが確定される。はたして、この条件を満たすSAS患者であるかどうかは、睡眠中の呼吸状態と同時に、脳波、筋電図、眼球運動、血中の酸素量などを記録するポリソムノグラフィーという検査を受けることで明らかになる。また、血中の酸素量を簡単に計測できる装置で、とりあえず、SASである疑いがあるかどうかを診る簡易検査もある。
ところで、SASに対する治療法には一体どんなものがあるのだろうか。幸い、最も多いSASである「閉塞性睡眠時無呼吸」に対しては、有効な治療法がある。CPAPと呼ばれる装置を使った治療法がそれだ。この装置は、患者さん自身が夜間に装着して使い、あらかじめ医師が設定した圧力がかかった空気が鼻マスクから送り込まれるというものだ。圧力の高い空気(陽圧空気)のおかげで、気道を塞いでしまう部分が持ち上げられ、呼吸を楽にすることが出来る。そのため、睡眠が中断されることが少なくなるのだ。

CPAPの仕組み。患者さんは鼻マスクから送られる陽圧空気のおかげで、楽に呼吸することができる。(イラスト:Kappa)
ただし、この装置を使ったとしても、気道を塞いでしまう原因そのものが完治するわけではない。だから、SAS治療の基本は、まず生活習慣を正しくして肥満を改善すること、喫煙・飲酒をやめることなどだ。喫煙は気道に炎症を引き起こしSASを悪化させる可能性がある。飲酒も気道の筋肉をゆるめ閉塞させる要因になる。
寝ているとき自分が一体どんな状態なのかは、自分ではよく分からないだろう。SASを発見するのは、寝食を共にする家族であることが多い。また、昼間に眠くて仕方ない、疲れやすいなどの症状から、睡眠不足であることが分かり、そこからSASが発見されることもある。男女比では、男性の方が5倍くらい多いと言われる。SAS患者さんの約8割は肥満であると言われる。とくに中高年で、肥満があり、いびきがひどい人は要注意だ。
みなさんの家族、とくにお父さんは大丈夫だろうか。寝ている間に苦しそうに呼吸が止まっていないか注意してみて欲しい。もし、SASではないかと気になったら医師に相談して、検査を受けてみる必要がある。いびきごときで病院に行くなんて・・・と言う人が多いのだが、この病気を放置すると、昼間の事故や心臓病・脳卒中という重大な結果を招いてしまうので、普段から家族などの身の回りの人に気を付けてあげて欲しい。