

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-03-21 号
高野 雅典(医学ライター)
先々週は、アメリカ心臓病学会(ACC)を取材してきた。昨年のACC学会でのことだが、患者の足に装着した空気圧のパックを膨らませることで、心臓病の症状が改善するという、ほとんど一般に知られていない治療装置を見つけた。今回の学会で、この装置に関して約200人の患者を対象とした臨床試験の結果が発表されたので、ここで再度、取り上げてみようと思う。
まず、簡単に心臓病についておさらいしておこう。遺伝的に心臓に欠陥がある場合なども含めて、心臓病には様々なものがあるが、生活習慣病あるいは成人病としての心臓病は、心臓の筋肉(心筋)に酸素・栄養分を送り届ける冠動脈が詰まってしまって起こる虚血性心疾患が中心だ。心筋に到達する冠動脈からの血液が欠乏気味になると、胸の苦しさや痛みを伴う狭心症となり、血液の供給が完全に途絶えると心筋の一部が壊死(組織が死んでしまう)して心筋梗塞の状態となる。
これらの心臓病で発作を起こした患者さんに対する治療は、血液の塊を溶かす薬や血液を固まりにくくする薬を使ったり、より確実に心筋への血流を回復させるために冠動脈に細い管(カテーテル)を入れて、詰まりかけている部分を内側から広げるPTCAやステントが用いられている(※詳しくはバックナンバーの第10号を参照)。最近では、これらの治療法がますます進歩してきており、救急に運ばれてくる患者さんの救命率が高くなっている。
しかし、冠動脈に対するこれらの治療法は、必ずしも完璧とは言えない。例えば、冠動脈の中で詰まっている個所が多数ある患者や、その部分の形状が複雑すぎるような患者は、カテーテル治療がうまくいかないことがある。また、治療で命は救えたとしても、心臓機能の低下を防ぎきれずに、退院後の日常の生活が苦しい状態になってしまう例も少なくない。心臓機能が低下すると、街を歩くのもままならなくなり、数十メートル歩くのが精一杯という状態になる。胸の苦しさや、痛みが残る場合もある。
昨年、僕がACC学会の会場で出会った、不思議な形をしたこの装置は、PTCAやステントでは治療が不可能だったり、治療の結果がかんばしくない患者さんの心臓機能を回復させる上で役立つのだという。

昨年のACC学会でみつけたEECPと呼ばれる心臓病治療装置
一見、心臓病の治療用だとは思えないこの装置は、患者さんが両足に水色のパックを撒いて、ベッド型の台の上に横たわって使用する。水色のパックは、帝王切開手術を受ける妊婦さんに使用する通称フット・ポンプと呼ばれるものと似ていて(バックナンバー第9回参照)、空気圧で膨らみ、足を圧迫するようになっている。
足は心臓から遠い位置にあるので、心臓の側から見れば、血流を送り届けにくい部位ということになる。そこで外圧を使って足のなかの血流を促進してやると、心臓の負担を軽減できそうなことは、何となく想像がつく。エンハンスド・エクスターナル・カウンターパルセーション(EECP)と呼ばれるこの治療装置のおもしろいところは、空気パックの膨らむタイミングが、心電図からの情報に合わせて絶妙にコントロールされるところだ。

左心室の収縮・拡張に合わせて、空気パックが膨らんだりしぼんだりする。左心室の拡張期には足先のパックから上部へ向かって、パックが次々に膨らみ、動脈・静脈に圧が加わる。(図作成:kappa)
簡単にいうと、左心室(心臓の中の4つの区切り部屋の1つで、全身に血液を送る役割をもつ)が収縮と拡張を繰り返して血液を送り出すのに合わせて、空気パックがしぼんだり膨れたりする。「足は第二の心臓」などと言われるが、この装置はまさに、足を第二の心臓として積極的に利用し、心臓の働きを補助しようというのである。
しかし、この大きな装置を常時身につけていることは出来ない。使用している最中は心臓の働きを補助できることは、なんとなく理解できるが、使用をやめた後はどうなるのだろうか? EECPに関する論文を読んでみると、この装置は1日に1時間使用し、それを35回(週5回で7週間)繰り返すことで、心臓機能が改善し、連続歩行可能な距離が伸びてくることが報告されている。
ただ、なぜ、心臓機能の回復が一時的ではなく長期に渡って持続するのか、その理由はまだよく分かっていないという。装置使用が短期間であっても、その間の血流の改善が心臓や血管などに何か良い作用をするらしい。その有力な候補の1つとなっているのが、冠動脈の血管機能の回復だ。冠動脈に限らず、血管はそれ自体が必要な血流量などの体の状態に合わせて拡張したり、収縮したりする仕組み(血管内皮機能)を持っている。EECPを短期間使用することで冠動脈の血管内皮機能が回復するとすれば、その後も心筋に酸素・栄養分を効率よく送ることが可能になる。
詳しい理由は不明であるものの、EECPは心臓病患者の心臓機能や運動能力を改善するようである。メーカーの資料によれば、すでに1万人以上の使用経験があるという。ただ、医学の世界では、このような新しい治療器具や薬に対して、つねに期待と疑いの両方の目をもつ。メーカーは利潤を得るために、良い情報を積極的に広げようとするものだが、それを鵜呑みにしては、医学は商売に振り回されてしまう。
そこで、説得力のあるデータというものが必要となる。それは1万人の使用経験という数だけの問題ではない。科学的に妥当性のある、しっかりとした臨床試験を実施して、効果を証明するという手続きが必要になるのだ。今回のACC学会で報告された臨床試験結果は、対象患者をランダムに2つのグループに分け、一方はEECPを実施し、もう一方はEECPにそっくりだが効果のない偽治療を実施して、両者の心臓機能や運動能力を比較したというものである。以前にも解説したプラセボ効果(バックナンバー第43回参照)は、薬に限らず治療装置にも現れてくるので、このように2つのグループを同時に比較することは、説得力のあるデータを得るうえで欠かせない。
約200人の患者をランダムに2つのグループに分けた結果、年齢や性別、心臓病による機能低下の程度、心臓病以外に抱えている合併症は、2つのグループとも、同じように振り分けられた。このように、患者たちの様々な特徴が自動的に均一に2つに分かれるのは、ランダム抽出の威力である。片寄りのあるグループで比較をしても、正しいデータは得られない。例えば、片方のグループに高齢者が多く含まれていたら、そのグループの成績は悪くなるだろう。
研究者らは、7週間の治療を実施して、その6カ月後の患者を詳しく調べた。その結果、ウォーキングマシーン上での歩行可能時間は、EECPを実施したグループで明らかに長くなっていることが示された。また、心臓の機能を表す検査指標も、EECPのグループでは良好になった。
EECPは、FDAの承認前の治療装置であるが、今回のデータは一応の説得力がある。もちろん、200人程度のデータというのは、まだ、患者の人数としては少ない。対象とした患者が、もともとEECPの効果が出やすい患者グループだった可能性もあるので、この試験結果を全ての心臓病患者に当てはめるわけにはいかない。
けれども、EECPには、一つの大きな特徴がある。それは、体に傷をつけずに行える治療であり、すぐに元の状態に復帰させることが出来ることだ。治療のためには毎回病院に行かねばならないが、逆に言うと、そのつど心臓の状態を医師がモニターすることが出来る。もし、治療を進めてゆく途中で心臓に異常を来すようであれば、即座にEECPを中止することが出来る。そういう意味では、「この患者はPTCAが完全には有効ではなかったが、もしかしたら、EECPを使うことで心臓病にともなう苦痛を軽減できるかもしれない」という発想で、治療を試みることが出来るのだ。
薬やPTCAで改善することが出来なかった狭心症や、心筋梗塞のあとに残る運動機能の低下など、それらに対処する新しい手段の1つとして、EECPは今後も注目され、新しい臨床試験が継続して行われてゆくだろうと思う。日本でも、試験的に、この治療法をおこなっている研究者がいるようだ。数年後には、あちらこちらの病院で、この装置を目にする日が来るのかもしれない。