

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-03-07 号
高野 雅典(医学ライター)
先週は、イギリスの南西部コーンウォール地方にあるエデンプロジェクトと呼ばれる巨大なBiome(バイオーム)を見学してきた。バイオームとは学問的には「生態群系」を指す言葉だが、一般には、ガラスなどの建造物の中に人工的に再現した生態系の意味で使われている。
首都ロンドンから電車で4〜5時間の距離にコーンウォール地方がある。そこに最近、エデンプロジェクトと呼ばれるバイオームが建造されて、イギリス国内では代表的な観光スポットになっている。

1950年代にバックミンスター・フラーが考案したジオデシック・ドームの構造を使ったドーム状建築物の内部に熱帯や温帯の植物が栽培されている
バイオームについて少し説明しよう。ペットショップや雑貨屋などで、ガラス容器のなかに水と水草とエビ、微生物を封入した商品が売られているのを知っているだろうか。光さえあてておけば、容器内の酸素と二酸化炭素のバランスや食物連鎖の関係が保たれて、半永久的に内部の生物たちが生き続けるというものだ。これは、小さなバイオームと言える。
ただし、本来のバイオームは、本来は微生物から大型の動植物までを含めた生態群、そして、それらが生息する土壌(土地)、空気、水、光なども含めた「生体群系」のことを指している。もともとは、ガラスに封入された人工的環境ではなくて、地球の環境そのものを意味する言葉だ。
今から約10年前に、アメリカのアリゾナ砂漠に「バイオスフィア」と呼ばれるバイオームが建造された。これは、完全に閉鎖した空間に、人間が長期生存できるような生態系を作る実験だった。当時の報道では、地球外で人間が居住するための基礎実験だと紹介されていた。
今回、取材したエデンプロジェクトは、バイオスフィアのような実験施設とは主旨が少し違っている。何しろ、このプロジェクトの発起人の一人で、リーダー的存在であるTim Smit氏は音楽家なのだそうだ。エデンプロジェクトは、最初から、沢山の観光客がやってきて、そこから何かを感じ、学んで帰ってゆくような、そんな施設として作られている。

ドーム内の様子。ここは北米の乾燥地帯の様子が再現されている
僕が最初にエデンプロジェクトに興味をもったのも、実は、それがバイオームだからというよりも、むしろ、このドームの造形美のせいだった。もちろん、このドームは、イギリス南西部という比較的涼しい(冬は東京に比べるとかなり寒い)地域で熱帯や砂漠の植物が生きられる環境を作り出す機能をもった建造物なのだが、同時に、人々の興味をひくような美しいデザインになっているのも事実だ。やはり音楽家のセンスなのである。

エデンプロジェクトの全体像
大小8個のドームは、陶器用粘土の採掘地であったクレーター型の窪地の底に建造されている。まるで地球以外の惑星に作られた宇宙基地のようでもあり、環境破壊が進行したあとの未来の地球に作られたシェルターのようでもある。おもしろいのは、エデンプロジェクトでは、ドームだけがバイオームなのではなくて、ドーム周囲のクレーターの斜面にも植物を栽培し、そこもバイオームの1つだと位置づけていることである。高温多湿の環境が必要ない植物は、屋外で栽培しても良いだろうというフリーな発想なのである。実は、ドームも完全閉鎖系ではなくて、人が自由に出入りできるドアもあるし、ドーム頭頂部に温度コントロールのための開閉フラップもついている。

ドームの外にも植物が栽培され、これもバイオームの1つとなっている

ドーム上部の開閉フラップの様子
エデンプロジェクトには、世界の熱帯や温帯、ステップ気候などの様々な地域の植物が集められている。しかし、これらの植物は完全に自立して生きているわけではない。ドーム内の温度が保たれていることでどうにか生きていられる。また、植物の繁殖を手伝う虫たちがいないので、種子を通じて世代交代することは難しい。植物繁殖のための虫を導入しなかった理由は、それらがエデンプロジェクトの外に逃げ出して地域の生態系に影響することを懸念したからだそうだ。

ドーム内の様子。ここでは熱帯雨林が再現されている
エデンプロジェクトには、純粋な生態学よりも、造園や園芸の発想が感じられる。実際、イギリスの大学の園芸学者もプロジェクトに参加している。通常の造園では、その土地の環境で生育できる植物を集めて庭園を構成する。また、ガラス・ハウスを使って高温多湿な環境に生息する植物を集める熱帯植物園を作ることもある。エデンプロジェクトでは、それらの手法がさらに発展した形で使われている。
通常のガラス・ハウスでは暖房の熱が上部に蓄積する。それを窓などから排出することで温度のバランスを保つ。しかし、エデンプロジェクトのドームは巨大で高さがあるため、上部に蓄積する熱は相当なものになる。ドーム内には高低差のある地形が作られているので、上部の熱は植物にとっても、観客にとっても高すぎるものになってしまう。そこで、ドーム上部の開閉フラップから排熱する以外に、最上部からミスト(霧状の水滴)を降らせることで、熱を吸収させ、下層部に舞い戻ってくるような仕組みが作られているという。つまり、熱をうまく循環させることで上部のみが異常に高温になるのを防いでいるのだ。また、温度コントロールは初期には人間が手動で行っていたが、ドーム内各所の取りつけられた温度センサーのデータをコンピュータに学習させて、現在はコンピュータ制御に移行しつつあるという。植物の成長とともに温度分布も変わってゆくが、その変化と、コンピュータの制御とが相まって、将来的には、完全に自動化された温度コントロールが達成されるだろうと解説されている。
ドームに使われている透明の素材もハイテクなものだ。これはガラスではなく、ETFEと呼ばれる樹脂膜が使われている。ETFEは、光や温度変化による劣化が少ない素材で、テフロンのように表面がツルツルしている。そのため、ホコリや鳥の糞などに汚れが雨できれいに流され、透明度がいつまでも保たれる素材なのだという。6角形のETFEの膜は1枚をそのまま使っているのではなくて、2〜3枚を層状に圧着したものが使われていて、内部に空気を入れてレンズ状に膨らましたものが使われている。そうすることで、熱の出入りが抑制され、保温性が高まるのだ。
エデンプロジェクトは、植物の種類やその見せ方も独特だ。普通の熱帯植物園ならば、珍しい植物、美しい植物をなるべく数多く集めることを目指す。しかし、ここでは、人間の生活に密着したゴムの木やヤシ、果実を実らす木、根菜が出来る植物などが栽培されている。植物の種名を書いた看板は少なく、それよりも、その植物が人間の生活にどんな風に役立っているかが解説されている。

ドーム内を見学する子供たち

ゴムの木の前には、ゴムから作られる生活財であるタイヤが展示されている
エデンプロジェクトのコンセプトの1つは、植物がいかに人間の生活に重要であるかを来場者に感じさせることだという。人間の生活と植物とが切っても切れない関係にあることは、植物が生活材として様々に用いられていること、地球上の酸素は植物が作り出していることなどから、誰でも知っていることだが、それでも、普段の生活でそれを意識している人は確かに少ない。
最後に、エデンプロジェクトを見学して、僕が気になったことを書いておきたい。このドームの内部は本当にすごい。熱帯バイオームの中は、人間にとっては少し暑すぎるくらいで、湿気もものすごく高いので、長時間いると息苦しい感じすらする。きっと、本物の熱帯雨林もこんな感じなのだと思う。巨大な植物が生い茂って、いかにもジャングルのようだ。けれど、こういった熱帯の植物を、イギリスのような1年を通じて涼しい(夏場でも気温は20度代)地域で栽培するということは、相当な熱エネルギーを消費することになるだろう。

熱帯バイオームの巨大な植物

熱帯地方の生活様式が再現されている
エデンプロジェクトでは、地球の熱帯雨林の激減を憂いて、それらの植物を保存することも目的の1つに設定しているというが、僕には大量のエネルギーを消費することが地球環境悪化の一因であるという認識があるので、エデンプロジェクトがそういったことに意識を向けているのかどうかが気になって仕方なかった。もちろん、地球規模で考えれば、ドームの1つや2つを暖めても、大した影響はないと思う。しかし、植物とその生育環境の大切さを来場者にアピールするのであれば、エデンプロジェクトの熱源は一体どのように取られているのか、化石燃料の消費と二酸化炭素排出による地球温暖化の問題に対しては、どのような対策を講じているのか、そういったことも解説して欲しいと思った。これらの点に関しては、解説書をざっと読む限り何も書かれていなかったのだ。
そうしたことから、僕自身はエデンプロジェクトの全ての面を賞賛する気にはなれなかった。しかし、エデンプロジェクトは、今も"プロジェクト"として進行中であり、試行錯誤のなかで変容していくとのことである。たしかに広大な敷地内には、新たな設備も建造されつつある。このプロジェクトの試行錯誤自体が、人間と環境との関わりについて、その矛盾点や問題点を提起してゆく契機になるのかも知れない。
自然環境を基盤とした人間の営みの功罪両面が、このプロジェクトのなかに内包されているような気がした。その意味で、科学者でもなく、政治家でもない、音楽家Tim Smit氏の目論見が成功しているような気がした。