

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-02-21 号
高野 雅典(医学ライター)
前回も述べたように、喫煙習慣が一度ついてしまうと、そこから離脱することはとても難しく、5〜10年という期間が経過しても「吸いたい」欲求は完全には無くならない。だからこそ、タバコの害から逃れる一番の方法は、最初から手を出さないことなのである。
なぜタバコが止められないのか、その要因は大きくわけて2つあると言われる。1つはタバコの煙の主要な構成成分であるニコチンに対する「身体的依存」である。もう1つは、喫煙という行為に対する「心理的依存」があると言われている。

ニコチンに対する「身体的依存」という表現は、ちょっとその内容がイメージしにくいかもしれないが、簡単にいうと薬物依存・薬物中毒の一種である。人体の神経細胞などには、アセチルコリン受容体という受容部位がある。ここに体内物質のアセチルコリンが結合すると、神経細胞が活性化するのだが、このアセチルコリン受容体の仲間のなかに「ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)」と呼ばれるものがあり、この受容体は体外から投与したニコチンによっても神経細胞を活性化する性質を持っている。
喫煙によって血液中に入り込んだニコチンは、脳などの中枢神経、体の各部の機能を調節する自律神経、神経と筋肉の接合部などに分布しているnAChRに結合し、これらの神経を変調させる。タバコの煙には200種類の有害物質が含まれると前回述べたが、ニコチンも当然ながら有害物質であり、痙攣や呼吸麻痺の原因となる物質だ。また、投与の仕方によっては30〜60mgという微量で致死量となる。
それでも、脳はニコチンによる影響を「害」と感じることが出来ないようである。ニコチンが作用することによって、集中力や記憶力が高まる(というよりは実際は、低下した機能が一時的に回復する)ことで、脳はそれを有益と感じてしまうようなのだ。本来は体内物質のアセチルコリンによって活性化されるべき部分がニコチンによって活性化されるからだ。しかし、ここで「じゃあ、タバコは脳にとって有益じゃないか」と勘違いしてはいけない。nAChRを介した神経細胞への影響は、実は、活性化と一言で言えるような単純なものではなく、ごく短い間の活性化とその後に続く長い不活性化があり、とても複雑なものであることが動物実験から分かってきている。
最も不利益なのは、ニコチンが欠乏したときの「離脱症状・禁断症状」だろう。ニコチンを受容して、それを「有益」と勘違いした脳は、ニコチンが不足すると今度は「生体の危機」「ストレス」と感じて、様々な危険信号を発しはじめる。その動きは、脳だけではないようで、nAChRが分布する他の部分もストレスを浴びた状態になることが最近の研究から分かってきている。
いずれにしても、ニコチンが欠乏すると、脳をはじめとして体のあちこちが悲鳴を上げはじめる。離脱症状には、心拍が遅くなる、落ち着きがなくなる、物事に集中できなくなる、イライラする、自律神経異常、視覚異常、しびれ、睡眠障害、異常な食欲など、様々なものがある。個人差もあるが、これらの症状が複数重なって襲ってくるわけだから、多くの人は「体調がすこぶる悪い」と感じて苦しむのである。
その苦痛や不安がどんなものかは、組織的な禁煙活動である「禁煙マラソン」を主宰する高橋裕子先生のもとに寄せられた、多くの禁煙中の人々からの質問を眺めてみると、よく分かるだろう。
最後に、心理的な依存についても見てみよう。これは、長年に渡って生活習慣化した行為への依存を意味している。簡単にいうと「くせ」というものだ。みなさんも、何らかの「くせ」を持っていると思う。「くせ」は他人から見たら見苦しいものであることが多いが、本人にとっては安らぎ・安心と結びついている。だからこそ、なかなかやめられないし、それを無理にやめようとすると「いつもの調子」が出なくて物事がうまくこなせないような気がする。
喫煙に関しても同じようなことが言える。大人でタバコを吸っている人を観察してみて欲しい。何かを頑張って疲れたときに一服、さてこれから何かをしようとして一服、長い話し合いで気分を整えようとして一服。それは、彼らが生きることと、喫煙という「くせ」が切り離せないほど密接に関連してしまっている状況なのだ。手元のタバコが無くなると、いそいそと彼らはタバコを購入しに行く。まるで、それが人生の最優先事項かのように・・・。
タバコが絶対必要でそれがないと生命の危機と感じる身体に変化し、日常生活のペースや価値観、考え方までもタバコに支配されている。それが喫煙者の姿である。
喫煙という薬物依存は健康を害するという意味で明らかな病気であり、その病気が、癌や心臓病・脳卒中、その他多くの病気を引き連れてくる。
あの人も吸っている、この人も吸っている。自分の親も吸っているし、教師も吸っている。街中には沢山の自動販売機が設置されていて、コンビニでもレジのそばにタバコが山積みになっている。そんな日常のなかにいては、仲間意識の高い動物である人間は、自分も同じことをしようと考えがちだ。そういう意味で、タバコは社会・人間集団に対しても洗脳的な商品になっていると言えるだろう。
良い商品がショーウィンドに並んで、それを多くの人が買ってゆくなら、それは良いことだろう。けれど、心と体を支配して、がんじがらめにし、やがて体をボロボロにしてしまう商品が日常にあふれていることは、どう考えても困りものだ。
タバコを吸うも吸わないも自由意志だと言うが、一度吸い始めてしまったら、そのとき自由意志と呼べるような精神状態が保てるのか。喫煙している人たちは、本当に自分の自由意志のみで喫煙しているのか。その答えは、前回・今回のコラム内容から感じ取って欲しい。