

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2005-01-31 号
高野 雅典(医学ライター)
アメリカで話題になった『Supersize me!』という映画が日本でも公開されているらしい。とある大手ハンバーガー店の製品だけを1カ月間食べ続けるとどうなるか、という実験をした人物の実録映画である。
まず、Supersizeという言葉を解説しよう。この大手ハンバーガー屋は日本にもフランチャイズ店があちらこちら至る所にあるので、そこのハンバーガーを食べたことがない人は、ほとんどいないだろう。日本の店とアメリカの店では、それほど違いはないのだが、日本ではレギュラーとLサイズくらいの選択肢しかないのに対して、アメリカの店では、Small、Medium、Largeという3つのサイズのさらに上にSuper sizeがある。
実は、ハンバーガー自体の大きさは日本もアメリカも同じくらいである。アメリカのほうが少しレタスの量が多いかもしれない。パティ(肉)の大きさは同じくらいである。
それでは、Small、Medium、Large、Superとは何のサイズかというと、ハンバーガーに付いてくるポテトとドリンク(これら3つを合わせてmealと呼ぶ)のサイズだ。たかが、ポテトとドリンクのサイズと思うかもしれないが、Super sizeはさすがに注文しにくい。ポテトも3人前、ドリンクも3人前くらいの量がある。ドリンクはSuper sizeでも紙コップ(というか紙ポットとでも言うような大きさ)でサーブされるので、どんなことになるかというと、中身の重さでコップがぐにゃぐにゃするのだ。
さて、映画のタイトル『Supersize me!』とは、どういうことだろう。さしずめ「俺をスーパーサイズにしてくれ」「スーパーサイズにしてみやがれ」といった訳が良いだろうか。つまり、油と糖分がたっぷりの高カロリー食品でスーパーサイズな肥満体にさせられることを皮肉っているわけだ。
実は、僕はまだこの映画を見ていない。なんとなく結末が最初から分かるような気がするから、あえてお金を払って見ようとは思わない。なにしろ、前宣伝を見る限り、この映画の登場人物は食べ過ぎなのである。それが特定のハンバーガー屋の製品でなかったとしても、1日の摂取カロリーが多ければ体もおかしくなるだろう、と思う。あえて、体がおかしくなるような実験をしている悪趣味な映画だとも言える。
しかし、それにしても、ハンバーガーのようなファーストフードにたよった食生活というのは、実際のところ色々な問題があるのは事実のようだ。
アメリカで肥満患者の人口が急激に増加し始めたのは、1970年代に冷凍食品が普及した時期と重なっているという。男女の平等、女性の社会進出と共に、スーパーで買ってきた冷凍食品で食事を手軽にまかなうライフスタイルが定着した。しかし、冷凍食品に向いているのは、油分が多く、冷凍しても味が落ちないメニューばかりだった。そうした食品を多く食べるにつれ、肥満がすすんでいったのである。
もう1つ、肥満がすすんだ原因の1つにモータリゼーションがある。つまり、自動車による移動で運動不足が蔓延したことだ。自動車はもっと古い時代からあったわけだが、道路沿いに様々な店舗が出来たことが大きいのだろう。スーパーやファーストフード、集合店舗、映画館。肥満患者の人口が多いのは、とくに田舎の州だそうだ。何をするにも自動車にのって移動して、駐車場から店舗までの短い距離だけを歩いて、そしてまた自動車で家のガレージに帰ってくる。こういう生活が肥満をすすめてゆく。
ファーストフードのハンバーガーやピザは、なぜ、あんなに美味しいのだろうか。もちろん、あんなものは不味いと言う人もいるのだが、そういう人は自分の本能に対して、やや不誠実なのだ。ハンバーガーやピザは、温かくて柔らかい。そして、適度に甘くて、適度に塩辛い。油が多い。これらの特徴は、人間(いや動物)の食欲という本能にうったえかけるものばかりなのだ。
温かいものは食べても体温を奪われない。柔らかいものは咀嚼(そしゃく)がうまくいくので消化も早い。甘みは糖分の象徴であって、動物にとっては即効性のエネルギーになる。塩辛さは食塩の象徴で、これは陸上生活をはじめた動物にとって血圧・体液量を維持するのに役立つ。そして、油も必要不可欠な栄養分であり、脂肪組織に蓄積すれば餓死から身を守る保存用エネルギーにもなる。
先日、友人の一人から「本能にしたがって美味しいものを食べているだけなのに、なぜ、やがて肥満になって、あれこれと恐ろしい病気になってしまうのか」という質問をされた。僕も本当になぜだろうと思う。本能というのは、生物を生存させるためにあるのではないか?
しかし実は、本能には肥満を回避するプログラムが含まれていないようなのである。人類の祖先たちは、飢餓との闘いに明け暮れていた。なにもない荒野に暮らしていた祖先たちにとっては、少しでも多くの栄養分を摂取して、それを蓄積することが、生存できる条件だった。本能は、この生存条件に忠実にプログラムされている。ところが、文明が進むにしたがって、狩りや食物採取のために体力を使わずとも、食物が楽に手に入るようになる。農耕・牧畜で効率よく食物を生産し、やがて分業が進み、最終的に、食物生産の労働をせずとも食物が得られるようになる。つまり、食物生産に関して消費するエネルギーは少なくて済み、しかし食物からのエネルギーは大量に、簡単に得られる状態になる。そうすると当然ながらエネルギー過剰になるのだが、生存のための本能はそのことに気付かず、いつまでも糖分や油分を欲しつづける。
極めつけは、お金さえ払えば、すぐに食べられるファーストフードの登場である。ファーストフードは食べるのもファーストだが、調理方法もファーストである。つまり、冷凍食品を冷蔵庫から出して、高温の油でさっと揚げて出来上がりなのである。労働形態も大きく変化し、デスクワークなどのように、ほとんど手足を動かさずともお金が得られ、そのお金ですぐにファーストフードを手に入れることができる。こういう生活環境のなかで本能のままに食べ続けたら、エネルギー過剰は、さらに加速するだろう。
ところで、頭脳労働だって大量のエネルギーを消費するじゃないか、と考える人がいると思う。たしかに、脳は非常に多くのエネルギーを消費する器官だ。けれども、いくら頭脳労働をしても、体の筋肉が増強することはない。むしろ体を動かさなければ筋肉の重量は減ってしまう。ということは、筋肉が消費するエネルギーが徐々に減少するということだ。筋肉が消費しなかったエネルギーは、脂肪組織に蓄積されてゆく。
アメリカの小学生が高コレステロール血症や糖尿病などの成人病に脅かされていることを報道したドキュメンタリー番組のなかで、ある母親が涙を流していた。「小学生の娘が成人病にかかってしまったのは、冷凍食品やファーストフードを与え続けた自分のせいだ」と言って。また、ある栄養士は「子供たちは、ハンバーガーやピザの誘惑には勝てない。その味や匂いからは危険性を感じ取ることはできない」と訴えた。
Supersize me・・・これはハンバーガー屋の客のセリフではなく、本能が発する叫び声なのかもしれない。どんなに食物が豊富でも止むことがない危険な叫び声・・・そう認識すべきではないだろうか。