

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-12-27 号
高野 雅典(医学ライター)
現在、日本にはおよそ1万人のHIV感染患者・AIDS発症患者がいることが分かっている。しかし、まだHIV感染に気づいていない人を含めると、さらに多く存在すると推定されている。
まだ感染に気づいていない人が存在することをどう捉えるべきなのだろうか。目の前に感染者がいるかもしれないとやみくもに恐れたりすることも問題だが、全く無関心で現状を何も知らないのも問題だと僕は思う。
今回の学会で、歯科診療におけるエイズの問題を取り上げたセッションに参加してみた。歯科開業医に対して「エイズ患者の歯科治療を受け入れるか」というアンケート調査を実施したところ、約25%が「拒否する」と回答したという。皆さんはこの数字をどうとらえるだろうか。歯科治療によって口の中に漏出してくる血液や組織液を介してウイルスが治療医や歯科助手に感染する可能性がある。また麻酔などの注射針を誤って手指に刺してしまう、いわゆる「針刺し事故」によって感染する可能性もある。それらのことを恐れて、エイズ患者は受け入れたくないと、歯科医の約4分の1が言っているわけだ。
このことを例に正しい認識のあり方を考えてみよう。歯科医というのは僕ら一般人に比べて職業上HIVに触れる危険性が高い。しかし一方で、医療者としては僕らよりも専門的に正しい理解を持っているべき人たちでもある。
まずHIV感染の危険性だが、そのリスクはたしかにあるものの、実際にはHIVの感染力というのはウイルスとしてはむしろ弱い部類に入る。空気感染もせず、血液など危険な体液に触れなければ接触感染もしない。器具類も、その扱い方や洗浄・消毒・滅菌の方法をしっかり守っていれば心配はないという。つまり、歯科医療などでHIV感染が起きるとしたら、その施設はHIVに限らず多くの細菌・ウイルスに対する対策が貧弱だということになる。実際、エイズを含めさまざまな病気を持つ患者さんを日常的に治療している大学病院の看護士さんに、この話をしたところ、「拒絶するのはHIVに対する誤解があるからだ」とあっさりと言われた。
学会のセッションでも、通常の感染症対策が取られていれば、HIVの感染リスクは極めて低いことがデータとともに示された。その研究者によれば「HIVに限らず、C型肝炎ウイルス(HCV)などのように血液を介して感染するウイルス全ての危険性を考慮して対策するのが重要だ」という。
もっと考えなければならないのは、きちんとした診察を受けてHIV感染が明らかになっている人の数の何倍か、あるいはそれ以上の数の未知の感染者が存在する事実だ。HIV患者を受け付けませんと宣言したところで、実際には、すでにHIV感染した人を知らず知らずのうちに治療している可能性もある。そう考えると、これはすでに選択できる問題ではなく、どんな施設でも正しく感染症対策をとるべきということなのだ。
人の心理というのは難しいものである。先程の歯科医に対するアンケートでは、「エイズ患者を受け入れる」と回答した医師が30%はいたという。この人達は、HIVに対して正しい理解をしており、前向きに対策をとってゆこうとしているのだと安心したが、実際は少し違うようなのである。別の調査で、「エイズ患者を受け入れる診療所として登録してよいか」と、もっと具体的に質問したところ、「登録してよい」と回答したのは、わずか0.6%だったというのである。つまり、「医療者としてしっかりとした感染症対策をして、受け入れるのが正しい」と頭で分かっていても、実際に受け入れられるかどうかは、また別の問題なのである。
実に難しい問題だと思う。なぜならば、患者を受け入れるか否かは、歯科医一人の判断では決められない。なぜなら、HIV感染の危険性に最もさらされるのは、医師自身よりも歯科助手や看護士であり、このことは、これまでの統計データからも明らかになっている。対策が不十分であると、医師以外の従事者も危険なのである。つまり、これらの人々からの理解が得られなければ受け入れ難いという気持ちが医師の側にはたらいても仕方がない。そして、これは患者の側も同じことが言える。「あの病院はHIV患者を受け入れる病院だ」ということを知って、はたして安心してその病院に治療を受けに行けるだろうか?病院も企業体のようなものであり、患者さんの足が遠のいてしまっては経営が成り立たなくなる。そう考えると、医師が「受け入れる」と公言できなくなってしまう気持ちも分からなくはない。
大切なのは、全ての人がもっとHIV感染・AIDSを正しく理解することにつきる。それが果たされなければ、社会として本当の予防や治療も出来ず、HIVに打ち勝つことは出来ないからだ。
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前回、日本のAIDS治療への取り組みに関して、少し間違ったことを書いてしまったのでここで訂正しておきたい。アジア諸国では、政府がAIDS治療薬を無償で提供している国が少なくないが、日本では、AIDS治療薬に限らない形で治療費の補助が行われている。AIDS発症患者は身障者として認定される場合があり、この場合、治療費の大半は公的に補償されるという。また、高額医療に対する補償制度も存在するので、患者さんは、これらの制度を利用することで治療に専念し、社会生活を送ることが可能になる。