

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-11-01 号
高野 雅典(医学ライター)
医療で使われる薬には、きちんとしたメカニズムが備わっている。効いて欲しい病巣部に集中的に作用して、その他の部分には影響しない仕組みもその1つであり、それは「選択性」と呼ばれる性質を作り出している。病巣部の組織や細胞に対する選択性の高い薬は、副作用の心配が少ないというわけだ。
先週述べた血液中の濃度の調節も、副作用を少なくするためには重要なメカニズムだ。どんな薬でも、あまり高濃度になると組織や細胞にトラブルを引き起こす。口から飲み込む内服薬や、静脈に注射する注射薬は、血流にのって薬が全身に行き渡る。だから、血液中の濃度がメインの作用に適切な濃度になるよう調節されなければならない。一方、塗り薬や点眼薬、肺だけに分布する吸入薬などは、その部分に集中的に作用するので副作用は少ないと言われる。血流に乗せて全身に行き渡らせる治療を「全身療法」、外用薬をつかって部分的に作用させる治療を「局所療法」という。しかし、全身療法であっても、局所療法であっても、そこに正常な組織・細胞と、異常を起こしている組織・細胞が混じりあっている以上、薬の「選択性」はとても重要な性質になる。
では、薬の選択性は、どのようなメカニズムで実現されているのだろうか。薬が作用する仕組みには様々なタイプがあって、一言で説明するのは難しいが、今とても多くの薬が開発されている「受容体拮抗薬」や「受容体作用薬」を例にして見てみよう。
細胞は、血液中のホルモンや生理活性物質、神経からの伝達物質から指令を受け取っている。例えば、交感神経が活発化しているときは、その神経伝達物質であるアドレナリンを細胞膜の膜受容体で感知して、細胞内の仕組みを稼働させ始める。

これに対して、受容体拮抗薬や受容体作用薬は、膜受容体に結合しやすい分子構造を持っている。作用薬は膜受容体に結合して、体内のホルモンや生理活性物質と同じように、細胞の反応を促進する。一方、拮抗薬は膜受容体には結合するが、わずかに分子構造が違うため、細胞内に指令を伝える働きをしない。そのため、体内のホルモンや生理活性物質の働きを邪魔するかたちになり、最終的に細胞の反応は抑制される。

拮抗薬や作用薬の選択性は、細胞に膜受容体があるかないかによって決まってくる。異常な働きをしている細胞だけに存在する膜受容体をターゲットにすれば、拮抗薬の選択性は高まるというわけである。また、類似した別の受容体に結合しないように分子構造を工夫することも、選択性を高めるためには重要である。
副作用という言葉は、「薬によるトラブル」の意味として使われる場面が多いが、広い意味では、主作用(薬のメインの作用)以外の作用を指す言葉である。受容体拮抗薬や作用薬のメカニズムを例にすれば、主作用と副作用が起きるのは、選択性に問題がある、あるいは、ターゲットにしている組織・細胞以外にも、体の別の場所に同じ受容体をもつ細胞が存在するからと言える。
例えば薬の開発段階で、培養細胞や動物を相手に研究では分からなかったが、実際にヒトに応用した段階で、それまで想定していなかった思わぬ副作用が現れることがある。これは、培養細胞が体内の細胞とは性質が違ってしまっていることや、実験用動物とヒトでは受容体や酵素などが若干違っていることなどが要因である。
だが、その副作用が必ずしも悪い作用とは限らない。
例えば、骨粗鬆症の治療薬として開発された活性型ビタミンD3という薬は、小腸からのカルシウムの吸収を高めたり、骨組織を増強したりする以外に、ある種の皮膚疾患にも有効なことが分かった。これは、骨粗鬆症患者の治療に使用しているうちに、同時に皮膚疾患も持っている患者さんの症状が良くなったことで発見された副作用である。骨粗鬆症の治療(メインの作用)から見ると、これは副作用であるが、皮膚疾患を持っている患者にとっては良い作用であり、今では、活性型ビタミンD3は皮膚科の重要な治療薬の1つとして大活躍している。骨粗鬆症治療の活性型ビタミンD3は内服薬であるが、皮膚科治療の活性型ビタミンD3は塗り薬(軟膏)として、臨床応用された。
こんな話は、かなり難しく感じるかもしれないが、薬の仕組みをちょっと学んでみると奥が深く、目から鱗が落ちること必至である。たった1つの薬でも、その研究に関する論文は、数百の数が存在する。それは薬の分子構造に関するもの、培養細胞に与える影響、ヒトの体に入ったときの分布の仕方と濃度の変化、受容体との関わり、主作用と副作用が現れる仕組み、他の薬との相互作用、臨床に応用されたときの人々への影響など・・・。もし、こんな話に興味を持ったら、将来は薬学部へ進学するのも良いかも知れない。薬学部からは、薬局で働く人も誕生するが、薬を開発する側の人も誕生する。

そんな方に、1冊よい本を紹介したい。
『全図解 クスリのしくみ事典』(著者 野口実、岡島重孝)
事典とタイトルされているが、新書ぐらいの大きさでイラストも多く、初心者にも分かりやすい言葉で書かれている。今回のコラムの参考にもさせて頂いた良書である。