

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-10-25 号
高野 雅典(医学ライター)
薬を飲むと、その成分が腸から吸収されて、全身に浸透してゆくというイメージは誰にでもあるだろう。しかし、薬の成分はどんな風に病巣部に届くのか、なぜ他の部分には影響しないのか、ということになると案外、そのメカニズムを知っている人は少ない。
薬には、痛みを止める鎮痛薬、炎症を抑える抗炎症薬、消化を助ける薬といった日常よく見かける種類以外にも、血圧を低下させる薬、血糖値を下げる薬、脳内で神経伝達物質の働きを良くする薬、ホルモンを補充する薬など、さまざまな種類がある。
口から飲む薬を内服薬というが、内服薬だけでも数え切れないくらいの沢山の種類がある。なのに、どの内服薬も、口から飲むことに疑問を感じたことはないだろうか。目的や薬を効かせたい体の部位が決まっているのに、内服薬は全て口から飲む。
そして、一言に内服薬と言っても、錠剤やカプセル剤、散薬(粉状の薬)、水薬(液状の薬)など形状が様々だ。薬の形状を「剤形」と呼ぶが、同じ成分でも、数種類の剤形が用意されている薬もある。
薬の剤形を決定する、つまり、錠剤にするか、カプセル剤にするか、その他の形にするか、といった点は、実は飲みやすさだけで決められるわけではない。使用する成分によって、この剤形しかあり得ないという場合もあるし、薬の目的にあった最適な剤形が選ばれる。
薬の成分は主に小腸から吸収される。そのあと、血液中に入って全身に運ばれてゆくわけだが、効かせたい部位に到達させて十分に作用させるためには、血液中での濃度が低くならないよう、一定以上の濃度になるようにしなければならない。ただし、高濃度になりすぎても、本来の作用以外の副作用の原因となるので、理想的な濃度になる必要がある。それから、薬の効果が早く欲しい場合もあるし、ゆっくりと長く効いて欲しい場合もあるだろう。そういう時間的な要求にも応えられるよう、薬のデザインが考えられているのだ。
僕らが飲み薬を使うときは、単純に水と一緒に飲み込むだけだが、実はその後、実に巧妙な仕組みが働きはじめる。
内服薬は、飲み込んだ後、食道・胃を通過してゆくうちに溶けて水溶液状になり、主に小腸から吸収される。当然ながら、溶ける速度・吸収される速度は、剤形によって違ってくる。通常は、最も早いのが水薬(液状の薬)である。次に、散薬(粉状の薬)、顆粒が早く、そして、錠剤(表面が粉っぽい錠剤)、カプセル剤の順となる(カプセルは溶けやすさを調節しやすい剤形と言える)。そして、最も遅いのが、糖衣錠・フィルムコーティング錠(錠剤の表面を砂糖でくるんだり、高分子フィルムでコーティングした表面がツルツルの錠剤)である。
早く溶けて早く吸収される薬は、血液中の濃度が早く高くなりやすい。即効性を求めるなら、これが有利と言える。しかし、じっくりと効いて欲しい薬の場合には、簡単に溶けてしまっては困る。1日に何度も少量ずつ飲まなければならなくなるからだ。そこで、胃腸内で、少しずつ薬の成分を放出するタイプの薬(徐放剤)が開発されている。カプセルは溶けやすさを調節しやすいが、さらに、中の顆粒成分を工夫して、溶けやすい顆粒と溶けにくい顆粒を数種類組み合わせて、第1段階、第二段階・・・と、少しずつ成分を放出できるようにしていたり、顆粒をフィルムコーティングしてゆっくり砕けるようにしたりしたりといった方法がとられている。錠剤にも徐放剤があり、やはり溶けやすさの違う顆粒を数種類組み合わせている。また、錠剤の中身を何層にもして、胃で溶け出す部分と、腸で溶け出す部分を作ったりといった方法もある。
小腸から吸収されたあとの工夫もある。食べ物の栄養分などと一緒に血液中に入った薬の成分は、まず門脈(もんみゃく)と呼ばれる血管を通って肝臓に送られる。肝臓は栄養分の貯蓄の働きの他に、毒物・薬物などを分解する解毒作用をもっている。薬の成分の一部は、肝臓のなかにある酵素の働きで、作用のない形に変換されてしまう。そこで、通常の薬は、全ての作用が失われず、ある程度の量が血液のなかに残るよう計算されている。ところが、肝臓の解毒作用を逆利用する薬も開発されている。プロドラッグと呼ばれる薬は、肝臓をはじめとする体内にある酵素に分解されることで、作用をもつ分子が作られるよう設計されているのだ。分解前の分子は、小腸での吸収効率が高い分子であり、次に、吸収され分解されることで薬効が発揮されるという巧妙な仕組みだ。
さらに、薬というのは、いつまでも体の中に留まっていては困る。薬はあくまでも、体にとって異物であり、体外に留まって蓄積されるとしたら、数か月後・数年後に思わぬトラブルの原因になるかもしれない。やはり、一定時間が経過したら、作用を失い、体外へ排泄される必要がある。もちろん、この時に主役として働くのが肝臓だ。肝臓は、循環してくる血液中の薬の分子を代謝によって作用のない形に変え、水に溶けやすい性質を与える。
血液を濾過して、きれいにする働きをしているのが腎臓であることはみなさんも知っていると思う。腎臓は、糸球体で血液を濾過して原尿(おしっこの元)を作り、原尿を尿細管という部分で再吸収し、濃い尿を作る。このとき、薬の成分は、原尿中に溶け出すが、油に溶けやすい性質(脂溶性)をもっていると再吸収されて、再び血液中にもどる。ところが、肝臓の酵素の働きで水に溶けやすい性質(水溶性)が与えられていると、再吸収されず、尿の一部として排泄されるという仕組みだ。
薬を開発する人たちは、動物実験などの段階から、薬成分の血液中の濃度、体の各部位・組織中の濃度、尿中の濃度などを時間軸に沿って計測する。そうすると、薬の成分が、どのくらい小腸から吸収され、どのくらい肝臓で代謝され、腎臓から排泄されるのかが分かってくる。そういう変化を時間に沿って追いかけることで、体の中での薬成分の動き方の全体像(薬物動態)が明らかになってくるわけだ。こうした研究結果をもとに、目的とする効果が得られる薬のデザインが決定されてゆく。
来週は、薬の効果が特定の部位・組織で現れる仕組みや、副作用が起きる仕組みについて、もう少し詳しく見てみよう。