

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-10-04 号
高野 雅典(医学ライター)
学生の頃の話だが、ときどき色々な生き物の「骨」を見に自然博物館へ行った。千葉市の市街から少し離れた場所にある千葉県立中央博物館は、房総の自然を紹介する常設展示がとても充実しいている。なかでも目を引くのは、太古の日本列島にも生息していたと言われるナウマン象の骨標本だ。
http://www.chiba-muse.or.jp/NATURAL/
(千葉県立中央博物館HP)
千葉県立中央博物館のサイト内に「展示案内」があるので、そこでナウマン象や宙に浮くように展示されたクジラたちの骨標本写真が見ることができる。なかには、本物ではなくレプリカもあるのだが、その大きさには本当に圧倒される。こんな巨大な生き物たちの骨を見ていると、自然の偉大さを思い知らされた気持ちになる。
この博物館のすぐれているところは、目をひくような巨大な生物の骨標本ばかりでなく、房総に棲むネズミやヘビなどの小さな生物、キツネ、サルといった中型の生物、とにかくありとあらゆる生物の骨標本が展示されていることだ。僕のような骨フェチ(?)には、たまらない空間、まさに骨ワールドだ。
この骨ワールドのもう1つ良い点は、来客が少ないこと(笑)。平日の昼間などに、大学から抜け出して一人足を運ぶと、人間が一人もいない空間に静かに息づいている様々な生き物たちの姿を堪能できる。実は、骨標本ばかりでなく、貴重な剥製、植物の乾燥標本、そして水層中で飼われている水生生物たちも見ることができる。
生き物たちの骨標本は、生物の遺跡といえるものだと思う。大型生物の骨は、まさに自然の建築物の遺跡のようだ。
骨というのは実に不思議な臓器だ。骨の役割は、生物の体を支えること、柔らかい臓器を守ること、関節を構成し機械的動作のメカニズムを作り出すこと・・・。けれど、針金の周りに紙粘土を貼り付けるかのように、骨のまわりに肉や皮が張り付いて、生物の体が作られているというイメージは、ちょっと間違っている。実際には、動物の発生過程(体が形成される過程)のかなり早い段階から骨組織の形成がはじまり、周囲の軟組織の形成と同時に、お互い関連しあいながら作られていく。
ヒトが子供から大人になるまでの成長過程をみても、靴や洋服のサイズのように、サイズの違う骨を取り替えていくわけではない。体の成長に合わせて、少しずつそれぞれの骨がサイズアップし、形状も少しずつ変化してゆく。先日も述べたが、骨がカルシウムの塊だと思っている人は、少し考え方を変えて欲しい。骨組織の成分の半分はタンパク質や糖なのだ。そして、骨芽細胞と呼ばれる骨のなかの細胞群がカルシウムなどの無機成分を沈着させ、硬い組織構造を作り出している。もう1つ破骨細胞と呼ばれる細胞群があり、これは構造化した無機成分を融解させる。骨芽細胞と破骨細胞の相反する働きで、骨は再形成を繰り返して、徐々に成長してゆく。
おじいさんやおばあさんになると腰が曲がってくる。西洋の人だと、ライフスタイルの違いがあるので、腰というよりも、もう少し上の方が曲がって、少し首が前に出たような姿勢になる。これは、骨組織の正常な成長とはちょっと違った変化だ。成長というよりも、やはり老化と言った方がいいのかも知れない。背骨というのは、皆さんも知っているように、円柱のブロックをいくつも積み重ねたような構造になっている。そのおかげで、自由に屈曲させたり、ひねったりすることができる。老化してくると、円柱ブロックの隙間が縮まったり、円柱ブロック自体がひしゃげてきたりする。
生き物たちの骨標本を外から見ていると気付きにくいが、骨はコンクリートの塊のように内部までぎっしり詰まった構造にはなっていない。表面は皮質骨と呼ばれて比較的ぎっしり詰まった構造になっているが、内部は海綿骨と呼ばれ、スポンジのように隙間の多い構造になっている。ようするにエアイン・チョコレートみたいな感じである。円柱ブロック(正しくは脊椎骨)がひしゃげてくるのは、おもにスポンジのような内部構造がスカスカになってきて、皮質骨も弱くなり、外部からの圧力で潰れてしまうからだ。ここでいう外部の圧力というのは、おもに上半身の体重のことだ。もともと背骨はゆるやかに屈曲したスタイルを保っているが、体重に耐えきれなくなった骨がひしゃげて、曲がり方が急激になってしまうのだ。
なぜ高齢者になると、骨がスカスカになってしまうのか。カルシウムの代謝に関連する血液中のホルモンや、骨芽細胞・破骨細胞の働きのバランスが変わってくることはわかっているが、その根本的な理由はまだ明らかになっていない。まさに老化現象という言葉で表現するしかない変化なのだ。「加齢による生理的な骨量減少」と呼ばれている。
千葉県立中央博物館の骨標本たちも、この世に生を受けた小さなサイズの骨たちが徐々に成長し、立派なナウマン象やクジラの体格を構成するまでになり、高齢になって少しカルシウム分を失い、そして息絶えて、周囲のタンパク質や糖が細菌類による生分解を受け、生命活動をする有機物はなくなり最終的に残った無機物の残骸なのである。だから、それはやはり、1つの生命の歴史を物語る「遺跡」と言えるものなのだ。