

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-09-20 号
高野 雅典(医学ライター)
「咳は何日つづいてますか?」「口を開けてください」「では、ちょっと胸の音を調べます」。これらは、風邪の診察でおなじみの言葉だ。でも、こんなことを調べて、お医者さんは何を診ているのだろう?
先週、仕事の関係で呼吸器科の先生に風邪の診察について話をうかがうチャンスがあった。風邪というのは、おそらく一番メジャーな病気の1つだと思うのだが、僕らが風邪で病院にかかるとき、お医者さんが、何をどんな風に診て、治療の方針を立てているのかは、案外知られていない。
喉(のど)をみてもらっても、聴診器をあてられても、それがおなじみの診察行為なだけに、僕らは「いつもやってることを、ただ繰り返してるだけなんじゃないの?」と、ちょっと疑念を抱いてしまう。実際、「ちょっと喉が赤いですね」「胸の音は異常ありません」と、そっけない感じでしか言ってもらえず、直後に「じゃ、この薬と、この薬を1週間分だします」と言われても、本当にこれでいいの?と、思ってしまう。診察のために学校や仕事を休んで、しかも待合室で1時間も2時間も待たされれば、なおさらのことだ。まぁ、薬がもらえただけでいいか・・・。そんな感じで納得して、家に帰るしかない。
どうも、風邪の診察というのは、そっけなくて、何か物足りない・・・。
せっかく21世紀になったのだし、ちょっとは未来的な診断装置か何かを使って、体の中に感染している風邪ウイルスの情報に基づいたりして、治療法を選択して欲しいという気もする。ついでに、肺炎の可能性は何パーセントあるのかとか、熱が下がって完治するまで何日かかるのかとか、そんな情報も教えてくれたら・・・と思う。
でも、そんな診断装置はコストもかかるし、風邪ごときでもったいないという発想もある。実際、お医者さんにインタビューしてみると、「風邪はいずれ回復するのだし、それ自体は、さほど心配することはない」と考えているようだ。僕ら一般人が、「喉が痛い」「熱があって苦しい」「頭痛や寒気をなんとかしてほしい」といったことを大問題に感じているのと、ちょっと温度差がある。
それでも、風邪の診察のなかで、お医者さんが喉の痛みや熱といった症状を無視しているのかというと、そんなことはない。むしろ、お医者さんは、風邪の症状を作り出している「炎症」が、どのくらいの範囲に広がっているのか、それをきちんと見極めようとしてくれているという。炎症が起きてくる可能性が高いのは、喉、鼻、耳、気管支などである。それが明らかになってくると治療法も分かってくるし、今後の経過で何に気を付けなければならないかも分かってくるのだという。
1つ感心したことは、お医者さんは、患者さんが意識しないところで、意外に注意深く患者さんの様子を観察していることだ。例えば、何気ない会話のなかで、患者さんがどの症状を一番苦痛に思っているかを見極める。もし、咳が一番目立つ症状だとすると、通常の風邪よりも少し重症な急性気管支炎の可能性があると考えるのだそうだ。鼻水もつらい、くしゃみもつらい、咳もでる、と色々な症状がつらそうなら、通常の風邪の可能性が高いと予想するという。(注:これらの判断の仕方はあくまでも一例なので、素人が安易に判断するのは危険)
それから、痰(たん)が出ているかどうかも、気管支の炎症を知る上で重要な情報になるという。ところが、「痰が出ますか?」と質問して、「いいえ、痰は出ません」と患者さんが答えた場合、これが案外あてにならないことが多いという。患者さん本人は痰は出てないと思っていて「いいえ」と答えたとしても、会話の途中で「ゼロ」という音が聞こえることがあるという。お医者さんは、この音を聞き逃さず、痰が出ていると判断するらしい。これも、患者さんが意識していないところで、お医者さんが注意深く観察していることの一例だ。
そして、お医者さんは、風邪の症状がその他の重大な病気に関わっていないか、ということを常に頭において診察をするものらしい。一見、風邪に似た症状が出てくる病気というのが他にも沢山あるからだ。その中には、まれではあるけれども、生命に関わるような病気もある。風邪そのものは、それほど恐ろしくなく、ある程度の経過で治っていくものだが、それ以外の病気が隠れているということに注意する必要があるのだそうだ。
それにしても、正直なところ、僕自身は診療所などで受ける「風邪の診察」が、どうにも簡単すぎて物足りなく感じられる。お医者さんの頭のなかでは、僕らが想像する以上に色々な事柄が注意深く判断されていることは、ある程度理解できたのだが・・・。あまりにそっけない診察ぶりだと、「薮医者なんじゃないのか」と疑われはしないかと、お医者さんの立場も心配になってくる。
今度、自分が風邪で診察を受けるときには、もっとお医者さんと話をしてみる必要があるかなと思う。みなさんも、お医者さんの頭のなかで、何がどんな風に判断されているのか訪ねてみるといいと思う。
「風邪ですね」「そうですか」と、それだけの会話では、あまりに寂しいので。