

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-09-06 号
高野 雅典(医学ライター)
乳幼児突然死症候群(SIDS)と呼ばれる現象がある。その定義は「健康状態や病歴から死亡が予測できず、死後の解剖からも原因が特定できない」という原因不明の赤ちゃんの突然死である。つまり、健康そうで、死んでしまう病気にかかっているわけでもない赤ちゃんが、ある日突然死んでしまって、何が原因だったのか、何が悪かったのかも分からない現象ということになる。
もし、そんな不可解で予想不可能な「病気のようなもの」が、この世に存在するとしたら、赤ちゃんを育てる親は気が気でないだろう。
一般のお母さんたちは「うつ伏せ寝をやめればSIDSは防げる」と信じている。これには訳があって、数年前からイギリスやアメリカを中心に「SIDSの原因になるうつ伏せ寝をやめよう」というキャンペーンが盛んになったからだ。この情報が一般の人に広く浸透した結果、たしかにSIDSの発生率は減少したという。
ただ気がかりなのは、「うつ伏せ寝だと、なぜ、突然死するのか?」という疑問に答えられるだけの科学的根拠が得られていないことだ。つまり、うつ伏せ寝の赤ちゃんでSIDSの発生率が高かったという報告はあるのだが、その仕組みがまだ良く分からないのだ。一般のお母さんたちは「うつ伏せ寝にすると、赤ちゃんが窒息死する」と勝手に想像している。本当に窒息だけが原因なのだろうか。仰向けに寝せておけば突然死は起きないと言い切れるのだろうか?
福岡の久保田産婦人科医院の院長である久保田史郎先生は、赤ちゃんの突然死の要因として、衣服の着せ過ぎなどによる体温の異常な上昇が関係しているのではないかとの仮説を提唱している。
イギリスなどの研究ではSIDSの危険因子(SIDS現象を起きやすくする要因)として、「うつ伏せ寝」「家族の喫煙」「着せすぎによる高体温」「ミルク(人工乳)による保育」の4つがあげられている。しかし、先ほども述べたように、この4つの危険因子のなかで「うつ伏せ寝」だけがとくに大きくクローズアップされてきた感があり、その他の危険因子についてはあまり知られていない。
久保田先生は、生まれて数時間の赤ちゃんであっても核心温度を守る仕組みがしっかりと働いていることを研究から明らかにした。その研究によると、中央部の深部体温が下がってきて手足の温度近くになると、赤ちゃんは突然泣き出す。泣くことによって中央部の深部体温を上昇させるのだ(僕らが運動をすると体が温まるのと同じである)。逆に、中央部の深部体温が高いときには、手足の温度を上昇させて放熱する。
さらに、久保田先生は、赤ちゃんの環境温度である「布団の中の温度」に注目した。布団の中の温度の変化によって、赤ちゃんの体温や様子がどう変わるかを研究した結果、布団の中の温度が低い場合には、手足の温度が下がって放熱が抑えられ、筋肉の緊張や体を動かす状態が多くなり、産熱(体の深部で体温が作られること)が盛んになることが分かった。逆に、布団の中の温度が高い場合には、手足の温度は上がって放熱が盛んになり、筋肉の緊張はとかれ、眠ることが多くなり、産熱が抑えられることが分かった。
しかし、ここで興味深いことに、赤ちゃんの呼吸数は、低温環境でも高温環境でも、ほとんど変化が見られず、高温の場合には血液中の酸素量が減ってしまうことが分かった。大人の場合は、環境が暑くなると「ふーふー」と呼吸が盛んになるが、赤ちゃんの場合には、まだそういう反応が起きにくいらしい。
赤ちゃんは、体の中央部の深部温度が下がったときには「泣く」という反応を起こすことで、すばやく自分の体温を上げることができる。泣くと、温かいミルクをもらえるので、これも体温を上昇させるのに役立つ。ところが、衣服や布団の着せすぎで、中央部の深部体温が上昇しすぎた場合には、瞬間的に体温を低下させるような手段が、赤ちゃんにはない。大人のように寝返りをうって布団をどけたり、「暑いよ」と言葉に出して言うことも出来ない。赤ちゃんの唯一の言葉である「泣き」はむしろ体温をさらに上げてしまう。もしここで、お母さんが「お腹がすいたのかな?」と勘違いし、温かいミルクをあげてしまうと、体温はまたしても上がってしまう。赤ちゃんは、高温環境下では、産熱を抑えるために体の動きを少なくし、深い眠りに入り、さらに、放熱のために手足の温度を高くし、汗をかいて、じっと耐えていることになる。
久保田先生は、赤ちゃんに衣服や布団を着せすぎると、体温が異常に上昇して、低酸素血症を起こしやすいのではないかと考察している。実際、SIDSで死亡してしまった赤ちゃんの状況を調べてみると、着せすぎによる体温の上昇が関連していたのではないかと疑わせる証拠がいくつもあるという。例えば、死亡後、時間が経過しているのにもかかわらず発見時の体温が高いままの赤ちゃんが多いこと。発汗のあとが認められること、小腸の粘膜に熱射病のときと同じような異常が観察されることなどである。それから、SIDSの起きた状況も体温の関連を示している。睡眠中の死亡であること、夏よりも冬に多いこと、室温が高かったこと、衣類(帽子・手袋・靴下等)や布団の着せすぎの赤ちゃんが多いこと、ミルク(人工乳)の赤ちゃんに多いことなどである。人工乳は、人肌程度の温度で与えることになっているが、これが案外40度程度と高めの温度であり、体温を上昇させる要因になっているのではないかという。久保田先生は、人工乳そのものが悪いわけではないだろう、と述べている。布団の中に寝かせたまま与えずに、ちゃんと赤ちゃんを抱っこして、放熱がうまくいく状態で与える必要があるという。それから、久保田先生は、「うつ伏せ寝」にすると、放熱の効率がよい胸部や腹部が布団に押し付けられるので、体温が上昇しやすいことも、研究から明らかにしている。
みなさんも、家族や親戚のなかに赤ちゃんがいるかもしれない。将来は赤ちゃんを育てる立場にもなるかもしれない。そんなとき、赤ちゃんは、暖か過ぎる環境(室温というよりも布団の中の温度に注意)に弱いということを覚えておく必要がある。「暖かければ暖かいほど、風邪もひきにくくて良い」という考えは、建物や衣服の断熱性が低かった昔の時代の考え方を引きずったものと言えるかもしれない。赤ちゃんがよく眠っている、と見えて、実は体温が高すぎて汗をたくさんかいているかも知れない。産熱を抑えるため、泣きもせず、ぐったりとして深い眠りについているのかも知れない。そういう点に気をつけて、不必要に何枚も衣服を着せたり、帽子や手袋・靴下を付けたりしないことが重要である。