

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-08-30 号
高野 雅典(医学ライター)
今回からしばらくは、人の体温にまつわる話をしてみたいと思う。
熱力学の第二法則というものがあって、熱エネルギーは高温部分から低温部分に移動することはあっても、その逆はない。簡単に言うと、周囲の空気に熱を放出して冷めてしまった味噌汁は、高温で温めるか、何らかの方法で熱エネルギーを与えない限り、味噌汁自体がテーブルの上で勝手に温まることは絶対にない、という法則だ。
僕らの体も、この自然の大原則に逆らうことは出来ず、自分の体温よりも低温の環境では、常に体の外に熱が奪われてゆく。それを少しでも防ごうとしたら衣服を着る必要がある。衣服は熱の伝わりが少ない素材の方が有利だし、綿のように空気を多く含む素材も熱の伝導効率が低くて有利だ。
ところで、熱力学の第二法則にのっとって考えてみると、夏の気温(例えば30度を超えるような・・)というのも、まだ僕らの体の温度から比べると低い温度なのだから、この場合も、体温は外界にどんどん奪われてゆくはずである。・・・ところが、僕らは30度を超す気温のなかでは「暑い、暑い、暑い」と汗をかいて、襟元を開いて、ふーふー息をする。熱伝導効率の低い羽毛ジャケットなんか着たら、とてもじゃないが、たまらない。
これは一体なぜなのだろうか。
まず第一の答えは、人間は「味噌汁」のようなものではなく、スイッチの入った「電球」のようなものだということだ。テーブルの上の味噌汁が勝手に温まって沸騰する、ということはないが、スイッチの入った電球は、熱を放出する。もし、電球に布などを巻き付けて熱の放出を妨げたら大変である。異常に高温になって、布が燃え出すかもしれないし、電球の中のフィラメントが溶けて壊れてしまうかもしれない。
実は、僕らの体も、電球ほど強烈ではないが、体内で熱エネルギーを作り出し、それを放出している。もし、その流れを完全に防いでしまったら、体温は異常に上昇して、布を巻き付けられた電球と同じように、そう長時間は生きていられないだろう。
そこで、先ほどの夏の気温の問題だが、例え気温が体温以下であったとしても、30度を超えるような温度になってくると、体と外界の「温度差」が小さくなるので、熱伝導の速度は落ち、熱放出の効率が落ちてくる。そこで、僕らの体は「暑い」と感じ、熱の伝導以外の方法でも、熱を放出しようとする。それが、発汗だったり、呼吸だったりするわけだ。発汗は、熱をもった液体(汗)が体外に排出されることで熱放出に役立つし、汗が蒸発するときに吸収する気化熱も体表の温度を奪う役割をする。呼吸も、熱をもった息を外界に積極的に排出することで、熱放出に役立つ。・・・逆に言うと、こんな芸当は電球には出来ないのだから、生物の体というのは、本当に良くできていると感心されられる。
もう1つ、みなさんに気づいて欲しいことは、「体温」とは体のどこの温度を指しているのか? ということである。これが第2の理由に関係している。
体の部位によって温度が違うことは、みなさんも経験的に分かっていると思う。冬に手足の末端が冷たくなっても、衣服に守られた胴体の部分は温かい。しかし、手袋をすれば、手も胴体と同じくらい温かくなるかというと、そうとも限らない。頭部も、鼻の先や耳は冷たくても、ほほの辺りは温かいといった温度差がある。
正しい体温は、脇の下で計るもの。みなさんは、こう考えるかもしれない。
たしかに、日本では「体温」の指標として、脇の下で計った温度が使われることが多い。けれども、口(正確には舌下)に体温計を加えて計る方法もあるし、最近では、耳の内部の温度を測る体温計も登場している。
医学的には、「体温」は曖昧な概念になりやすいので、体の内部の温度(核心 [core] 温度)と、体表面の温度(外殻 [shell] 温度)とに大きく分けて捉えられている。このように2つに分けて捉えるには、ちゃんとした理由があるのだ。核心温度というのは生存するために非常に重要であり、かなり強力な仕組みで一定に保たれている。それに対して、外殻温度というのは、環境に合わせてむしろ積極的に変化する仕組みになっている。外殻温度が変化するのは、核心温度を守るためとも言える。
例えば、クーラーの強烈な部屋にいたり、冬場で寒かったりすると、手足は冷たくなる。これは「手足の温度が奪われたから」ということよりも、むしろ、積極的に手足の表面近くにある血管が収縮して、血流を少なくして、表面温度を下げているからだ。そうすると、環境との温度差が少なくなって、熱エネルギーの放出が抑えられる。冷たいところには温かい血液を送らず、体内温度を守ろうという戦略なのである。
冬に手足を温めようとして、お湯の中につけても、あまり効果はないかもしれない。それよりも、手足以外の部分にも気を配り、寒冷刺激を与えないようにする。例えば、靴下や手袋以外に、首筋に襟巻きをするとか、マスクをして冷たい空気を直接吸わないようにするなどなど・・・。風呂上がりに、温度の低い水を足下にかけると湯冷めしにくい、というのも、同じ理由だろう。温かいお湯に浸かって安心しきった体に、これからちょっと寒くなるよと信号を送ってあげると、手足の血流が変わって熱エネルギーを奪われにくい体勢が作られるからだ。
核心温度というのは、体の深部の温度なので、専門の器具を使って食道内の温度(食道温)を測定したり、直腸の温度を測ったりする(直腸温)。こういう温度は、主に研究的なデータのために測定するものなので一般には、ほとんど使われない。しかも、どの部位を、どのような方法で測定したかによっても数値は変わってくる。一定に保たれている核心温度とはいえ、実は、部位によって微妙な温度差があるのだ。
脇の下の温度や、耳の内部の温度も、比較的一定に保たれている温度であり、核心温度に近い、あるいは、それとほぼ同等に意味のある温度と言えるだろう。食道温などに比べたら、不安定かも知れないが、測定が簡単であり、体調の管理に使いやすいというわけである。
さて、僕らは、主に「脇の下で計った温度」を体温だと思っている。それは、もちろん正しい体温の1つなのだが、脇下温以外にも、一定に保たれている体温測定値があることは理解して頂けたと思う。そして、これらの体温は、環境の気温とはかなり厳密に隔てられて、なるべく直接的な影響を受けないようになっている。これが、体温よりも低い気温なのに、僕らが「暑い、暑い」「ふーふー」となってしまう、もう1つの理由である。体は気温や湿度の上昇を察知して、早い段階から体温(核心温度)を一定に守ろうと反応するのである。次回は、体温に関する誤解から、生命の危機も招きかねないという話をしてみたいと思う。