

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-08-23 号
高野 雅典(医学ライター)
今夏の東京は、誰もがノックアウトされるほど、ものすごい高温が続いている。僕は沖縄に行ったことがないので、沖縄の夏というものがどういうものか知らないのだが「こんなに暑い日がつづくと、夏に沖縄に行く必要なくなる」とある人に冗談で言ったところ、「沖縄の方がすずしいかもしれない。沖縄はむしろ避暑地なんだ」と言われた。そうか、「夏を感じたいなら東京においで」と、そんな負け惜しみしか言えないのかと、ますますグッタリした。
そんな東京でも、何日かおきにとても涼しい日がある。まるで秋が来たかのような、すずしさだったりする。「昨日までの暑さが嘘のようだ」と、そんな感じすらするのだ。1日でコロリと季節が変わって秋になり、また1日で猛暑の夏にもどる。こんな変化も含めて、世間の人たちは「異常気象」と表現するのだと思う。
でも、僕自身は世間の人たちが言う「異常気象」を、そのまま鵜呑みにしようとは思わない。なぜなら、この10〜20年を思い返してみると、いつでも「今年は異常気象だ」と言い続けてきたような気がするからだ。夏らしくない夏で野菜の値段が高騰したり、暖冬で暖房器具が売れなかったり、降水量が少なくて「米騒動」が起きたこともある。
人の感覚というものは、変化を「異常」として捉える癖があるという気がする。「今年は異常気象だ」という人を見かけると、僕は「それでは、去年は"正常気候"でしたか?一昨年はどうでしたか?」と問いかけたくなる。
なぜ、そんな意地悪なことを聞くかというと、例えば、今年のように夏が暑いと「地球温暖化の影響だ」と言い出す人々の大半が、振れ幅の大きい変化に「異常反応」していると感じるからだ。本当に地球温暖化というのは、そういうものなのだろうか。もし来年の夏が「冷夏」だったら、この人たちは、その時も地球温暖化の問題を忘れずにいれるだろうか。毎年、毎年、少しずつ海面が上昇し、生活の場を奪われ続けている小さな島の人々の苦境を忘れずにいれるだろうか。砂浜に息づく多くの生き物たちが子孫を残せずに死んでゆくことを、忘れずにいれるだろうか。地球の温暖化が問題となるとしたら、それは数年のオーダーの問題ではないはずだ。
僕らが地球温暖化の問題に対してアクションを起こすとしたら、生活の仕方から見直す必要がある。もちろん、本当に有効な手を打てるのは政府かもしれないし、僕ら個人では何も出来ないのかもしれない。けれども、化石燃料の使用量を減らす、CO2排出量を減らすという努力は、地球温暖化だけの問題ばかりでなく、様々な環境問題・社会問題にも関係することだ。そして、個人個人が、それらの問題に無関心では、結局、政府も動かすことは出来ないだろう。
なにも政治的なNGOを作ったり、街頭で大声を上げて政府に要求を突きつけろと言うのではない。そこまでのことをしなくても、案外有効な手段がある。僕らの消費行動を変えるのだ。地球温暖化を抑える消費行動・・・。考えてみれば身近なところに色々なことがある。4人乗りの自動車に1人で乗っているドライバーを見ると「なんか、もったいない」と感じる。だから、僕は、マイカーよりも電車・バスを使うべきだと考える。歩ける距離なら歩くべきだし、自転車もいい(けれど自転車を大事にしないことは、結局は工業的なエネルギーの浪費に繋がる)。案外、世の中は「経済の原理」で動いている。きれい事を言っても、それが事実だろう。だから、逆に言えば、僕らの消費行動の変化は、世の中を動かす可能性をもっているのだ。
最近の自動車の広告を見ると、低燃費だとか、環境低負荷だとか「エコロジカルな対策をしてますよ」というメッセージが一杯だ。もちろん、そういう商品を選ぶことも、僕らが取るべき選択肢かもしれない。けれど、自動車だけで良いのだろうか? 飛行機はどうだろうか。最近は航空料金がとても安くなり、世界が小さくなったかのような感じだ。いつでもどこにでも行ける。でも、航空機が消費する燃料の問題に、僕らは全くといっていいほど無関心だ。単純に安いチケットを選んで飛行機にのる。どんな機体で、どんなジェット・エンジンを使っているのか、そんなことを考えたことはないし、航空会社がアピールしているのを見たこともない。
冬にストーブを炊くのと、電気ストーブを使うのでは、どちらが化石燃料の消費量が少ないのだろうか。ガスストーブはどうだろうか。僕には何のデータもないので、その答えが分からない。調べなくてはならない。電気器具同士で比較したら、消費電力が少ない方が環境負荷は少ないのだろう。関東の電力会社の資料を眺めたら、電力の半分以上は原子力発電だそうだ。CO2の排出はないとしても、放射性廃棄物の問題が大きい。
僕らの消費行動とは直接関係ないが、戦争はどうだろうか。国家や世界の安全のためならと、国防や軍隊の派遣に賛成する人がいる。しかし、地球の裏側にまで、大量の物資・人員を輸送し何往復もすること自体、大量のエネルギー消費やCO2排出が伴う。爆発・火災による環境負荷、戦闘機や戦車の徘徊だけでも地球にとっては大迷惑だ。「国家や世界の安全のため」というなら、こういった環境への負荷も考えに含めるべきである。エコロジカルな兵器というのは、聞いたことがない。しかし、その兵器を購入するのは、僕ら国民の支払う税金だ。みなさんが選挙権を得たら、こうした問題に対して有効に使うことが出来る。はたして、アメリカに続いて世界第二位の軍事費をこのまま払い続ける必要があるのか、ないのか、判断を示すことが出来る。
今回は「地球の体温」なんてタイトルを付けてしまった。みなさんが持っている生物学や地学の教科書を開いたら、地球環境がどのように温度・エネルギーの収支を一定に保っているか、その概要が書かれているだろう。教科書には、何十年も前から、温度・エネルギーの収支を描いた図が掲載されているのだが、今の大人たちはすっかり、あの図を忘れてしまって、暑ければ異常気象、寒ければ異常気象と大騒ぎだ。けれども、地球は温度やエネルギーに関して、いかにも生物的な「恒常性維持の機構」をもっている。その機構がおかしくなるような人間の行動を反省しなければ、地球はもっと「不健康」になってしまうだろう。