

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-08-16 号
高野 雅典(医学ライター)
今回は、僕の魚の食べ方を紹介しようと思う。まだ旬には早いがサンマを例にしてみよう。食べ方と言っても調理方法ではなくて、焼いたサンマをどんな風に頂くかという話である。
まず、サンマの身の部分を頂く。これは、みなさんと同じ普通の食べ方で、何も変わらない。でも、そのときに頭や尾が取れてしまわないように気を付けて食べる。裏表とも、きれいに食べる。
そうすると、サンマの骨の標本が出来上がる。ここで一休み。
じっと、サンマの標本を観察する・・・なんて良くできた芸術品なんだろうと感心する。これは、何度見ても感心する。大きな骨から小さな骨まで、実にキレイに作られていて、なのに、どこか有機的な揺らぎをもった形。まるで、ガウディの建築物のようだ。
みなさんは天才芸術家ピカソの魚の骨にまつわるエピソードを知っているだろうか。あるとき、ピカソは夕食の食卓にあがった煮魚を食べていて、突然、ムキになって魚の身をきれいに食べ始めた。あまりに行儀悪く、骨をしゃぶるようにして食べるので、それを見ていた人が不思議に思っていると、魚の身をキレイに食べ終えたピカソは、どこからか焼き物用の粘土をもってきて、そこに魚の骨を押しあてて型を取ったという。実際、ピカソの作品には、魚骨のレリーフ皿が残っている。
たかが魚の骨ではあるが、よく見ると本当におもしろくて、美しい形をしているのである。天才ピカソも認めていることだから間違いない。
さて、僕は標本の観賞が済んだら、今度は背骨をポキリと折って、それをプチプチと噛み砕きながら食べ始める。・・・え?骨を食べるの? と驚かれるかも知れないが、小魚の骨を食べるのと同じことだ。少量ずつ口の中に入れて、奥歯で良くすり潰すようにして噛む。こうすると、香ばしい味がして案外美味しい。猫が魚の骨を食べるときの幸せそうな表情を見たことがある人なら分かると思うが、彼らは、魚骨がすごく美味しいことを知っている。それだけではない。美味しい上に、貴重なカルシウムまで摂取出来ることを本能的に知っているのかも知れない。
魚の骨が美味しいとしたら、それは何故なのだろう、と考える。カルシウムの味なのだろうか? いや、おそらく違う。カルシウムが美味しいのなら、ニワトリの卵殻だって美味しいはずだ。あれは、全くもって美味しくない。砂を食べているような、金属の粉を食べているような、変な味だ。となると、骨が美味しいのは、カルシウム以外の・・・。
そう、骨の成分というのは、実はカルシウム100%ではない。カルシウムなどの無機質が占める割合は40〜50%。その他は、水やタンパク質、多糖類などから出来ている。骨組織に含まれるタンパク質というのが結構重要であり、その多くはコラーゲンなのである。お肌の調子を整え、張りを蘇らせる(笑)、あのコラーゲンである。それから多糖類もコンドロイチンなど、お肌のみずみずしさに欠かせない養分である。「え、そうなの?」と女子が目を輝かせそうだが、食べ物として摂取して、それがどれだけ、お肌にまで届くのか僕は知らない。でもまぁ、食べておいて損はないだろう。
しかも、骨というのは、石やコンクリートのように中身がガチゴチに詰まった物体ではない。非常に小さな管が内部に無数に形成されていて、そこに、微小な血管や神経が走り、内部の骨細胞を養っている。さらに、スポンジ状に小さな空間が空いていて、そこには、骨を作る「骨芽細胞」、骨を融解させる「破骨細胞」なども息づいている。骨芽細胞と破骨細胞は、「骨組織を作る」「骨組織を融解する」という互いに反対の働きをして、そのバランスで、骨を成長させたり、形を整えたりするのである。石やコンクリートは、割れてしまえばそれまでだが、骨は骨折しても、内部の細胞の働きで再生される。
骨を食べるということは、カルシウムだけを頂くのではなくて、コラーゲンのような貴重な蛋白・多糖類、そして、血管や神経、骨を守る細胞に含まれる様々な栄養分までも頂くことになるのだ。まして、背骨というのは、内部(脊髄)は大きな神経の束と造血組織なのであるから、それはそれは栄養豊富なはずだ。魚の骨の味は、きっと、それらの養分と、魚の脂の混ざった味なのだと思う。まぁ、試しに味わって頂きたい。
ところで、魚の骨を食べることにリスクというのは、ないのだろうか。ということも考える。まさか、骨髄に異常プリオンが入ってるなんてことはないだろうな? そんなことを言ったら「バカ言え、異常プリオンは牛とか、羊だろ」「それに豚なんかだと、生育期間が短いから異常プリオンが増える心配はないって言うだろ。サンマの生育期間を考えろ」・・・と、世間から罵声が聞こえてきそうだ。家畜類に異常プリオンの感染が広まってしまったのは、家畜用の飼料(エサ)のなかに脊髄などを含む骨粉を混ぜて使用したからだと言われる。地上の家畜から海中の生物にまで広がるとは考えにくい。でも、なるべく腸や神経組織というのは食べない方が無難なのかなぁ・・・。などと、あれこれ考えてしまう。まぁ、いずれにしても、もしサンマやイワシにプリオン問題が起きたら、「全頭検査」なんて絶対無理そうだ。そうなったら、こんなに美味しくて、安い食材も・・・。これは、ちょっと考え過ぎかな。
当面、心配すべきリスクは、骨が喉にひっかかることだ。これには注意した方がいい。食べるのなら慎重に良く噛んで、完全にすり潰さなければならない。サンマではないが、実際に、硬くて鋭利な魚の骨を良く噛まずに食べた結果、それが腸を突き破って救急治療を受けた人がいるというニュースを聞いたことがある。めったに無いことだとは思うが、こういうリスクがあることを知っておいた方がいい。買ってきたパンに異物が入っていたら販売店に文句を言えるが、魚に硬い骨が入っていて腸に刺さったと文句を言うことは出来ない。それにしても、魚の骨が喉にひっかからないように良く噛むという作業は、やってみると、現代の食生活ではあまり体験できない、とても原始的な作業だ。「生物というのは、食べるものが少なかったら、硬い骨でも、こんな風に、ごりごりすり潰して、生きるために少しでも多く栄養を摂ろうとするのかなぁ」などと、考えさせられるのである。
さて、そんなことを考えながら、サンマの骨をごりごり噛んでいるうちに、頭とシッポが残る。
でも、ここで「ごちそうさま」とは言わない。今夜のメインであるサンマの頭が残っているからだ。もう、栄養云々は、十分かも知れないが、まだまだ。魚の目の回り、いわゆる眼窩と呼ばれる部分にある脂(あぶら)には、記憶力・学習能力を向上させるDHAが豊富だというではないか(笑)。もちろん、サンマのような小さな魚では、大した量ではないかも知れないが・・・僕は頂く。
サンマの頭というのは、生焼けになっていることがときとしてある。また、生のサンマでなく「開き」だった場合には、かなり塩辛いときがある。そういうときは、さすがにパスするのだが、基本的には、やはりバリバリ、モグモグと頂くようにしている。「秋のサンマは脂がのっていて旨い」というが、実は、よく火を通してあれさえすれば、頭部の脂ほど旨いものはないのだ。
目玉なんかは気持ち悪くて食べられないなー、という人もいると思う。でも、目玉だけ皿に残すのもグロテスクだし、ここまできたら全部頂きましょう。捨てるのはもったいない。バリバリ、モグモグ。
最後に残るのはシッポなのだが、これは困ってしまう。それほど美味しいわけでもなく、焼き具合にもよるが、焦げ焦げになっていることが少なくない。焦げて炭化したものは、なるべく食べない方が良いと言われる。癌予防の観点からだ。
それでは、シッポまでちゃんと食べられる調理法をお教えして、今回は終わりにしよう。
料亭の調理人さんの技であるが、シッポを焦がさないためには、焼く前に、シッポの部分にまでしっかりと塩水を塗り込むことだそうだ。そうすれば、料亭並みにキレイな焼き魚の出来上がりである。
注意:はたして、サンマの頭からシッポまで食べることが、体に良いことなのか、悪いことなのか、僕にはハッキリとは分かりません。もしかすると、身の部分だけを食べるのが一番無難なのかも知れませんね。ここで言いたかったことは、食事というものが生物学や医学の基礎だということです。僕は、ケンタッキーのチキンを食べるときでも骨の観察を怠りません(笑)。ケンタッキーは、鳥類の骨の断面が見られるので、これまた興味深いのです。それでは、また来週。