

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-06-14 号
高野 雅典(医学ライター)
もう過ぎさった過去の話だが、ヒトのゲノムが全て解読されたという話はみなさんも聞いて知っていると思う。けれども、一体いつゲノム解読が完了したのだったか・・・。
僕は歳のせいか(笑)、最近物忘れがひどくて、これがいつだったのか思い出せずに困っていた。困るといったら大げさかもしれないが、人類の歴史上、記念すべき大トピックである「ヒトゲノム解読完了」が何年の出来事だったのかは、やはり覚えておきたいではないか。
それは3年くらい前のニュースだったような、去年のニュースだったような・・・・、ところが、よく考えてみると「ヒトゲノム解読完了」のニュースは何度か伝えられたような気もする。
ちょっと調べてみると、実は、2000年にアメリカのベンチャー企業であるセレラ・ジェノミクス社が、最初に「ヒトゲノム解読完了」の名乗りをあげたのだ。そして、昨年、アメリカ、イギリス、日本、フランス、ドイツ、中国の6カ国の首脳が共同で「ゲノム解読完了」の宣言を出したという経緯がある。
国際協力によるヒトゲノム計画に関するウェブ(日本科学未来館):http://www.miraikan.jst.go.jp/genome
なにか腑に落ちない。なぜ、何度も「ヒトゲノム解読完了」がニュースとなって伝わってきたのか・・・。
その答えの前に、ちょっと考えて頂きたいことがある。僕らは、学校や世間から「遺伝子は一人一人違っていて、それが個性を作り出している」と教わってきた。「同じ遺伝子をもつのは一卵性双生児だけであり、それ以外に自分と同じ遺伝子をもつ人はこの世にいない」と。
そすると、ヒトゲノム解読完了というのは、一体誰の遺伝子を解読したのだろうか? 僕の体の中にも「ヒトゲノム」があるはずだが、それを解読して貰った覚えはない(笑)。この世の誰かのゲノムを解読したとしても、それが人類全体のゲノムというわけではない・・・。
セレラ・ジェノミクス社が最初に解読したのは、ある一人の米国人のゲノムだそうだ。その後、性別や人種のことなる数人の米国人のゲノムを解析に加えたという。そして、国際協力によるヒトゲノム計画では、200人ぐらいのゲノムが解析されたのだそうだ。このあたりが、何度も「ヒトゲノム解読完了」のニュースが伝わってきた原因かも知れない。最初のたった数人のゲノム情報は、それが、ごく特殊な情報である可能性もあるわけだから、あまり価値が高い情報とは言えなかったのではないか・・・。
うーん。それにしても多くて200人程度か。200人といえば、全人類の人口の3千万分の1だ。
遺伝子の組み合わせは1人1人違うというのに、その中で3千万分の1しか調べなくて、「完了」とするのは、ちょっと感覚的にも違和感があると、僕は思っている。
ヒトゲノムの情報は、新しい薬品の開発や、患者一人一人に合わせたオーダーメイド医療の実現に役立つと言われている。セレラ・ジェノミクス社は、ゲノム解析技術の高さが買われて株価が上昇。日本の有名な製薬企業も、複数の会社がセレラ・ジェノミクス社と提携したという。
けれども、ニュースとして伝わってきた「ヒトゲノム解読完了」というのは、ごく一部の人の塩基配列がやっと分かったということに過ぎない。その配列がもつ意味、つまり、一体どのような機能があるのかとか、個人間でどのくらい違いがあるのかといったことは、まだまだこれから情報が蓄積されてゆかねばならないのだ。
そもそも、僕のゲノムも、みなさんのゲノムも、まだ誰も手を付けてくれていない(笑)。それは、ごくごくプライベートな個人情報として、細胞のなかに潜んでいる。その個人情報が、病気の発生やどの薬がどのくらい効くのかといった外部の情報とリンクして活用される日は、まだまだ先のことのようだ。