

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-05-31 号
高野 雅典(医学ライター)
最近,「インフォームド・コンセント(informed consent)」という言葉を聞く機会がふえてきた。一般のマスコミ報道などでも時々この言葉が使われるので,聞いたことがある方もいると思う。
医療のあり方に関わる言葉なので,医師の間では,当然ながら頻繁に使われる。「インフォームド・コンセントはとても大切だ」という人もいるし,「案外,実践するのは難しい」と,ちょっと敬遠しているようなことを言う人もいる。
インフォームド・コンセントとは、直訳すると、「(充分)知らされたうえでの同意」ということである。どういうことかというと,患者が医療行為を受けるときに,医師から充分な説明を受けて,納得することを指している。どんな手術を受けるか,どんな薬を服用するか,ということを医師が黙って決めてしまうのでなく,患者も理解・納得した上で決める。そういう手順をふむことを指していると思えばよいだろう。
僕自身は,医師ではなく患者の立場にいるので,やはり,インフォームド・コンセントは大事にしたいと思っている。それは理屈からではなくて,「自分の体に何が起きるのか知りたい」「治療の効果がどのくらい期待できて,どんな危険性があるのか知りたい」という気持ちからである。「何でも良いから治りさえすればよい」という気持ちもないではないが,やはり,何をされるのか分からずに,まな板の上の魚みたいに扱われるのには,ちょっと抵抗感がある。
考えてみると,昔の時代には,医者に対する絶対的な信頼というものがあったのかも知れない。「お医者様,どうぞ,命を救ってください」「うむ,出来るだけのことはしてみましょう」。これが,言ってみれば,昔の時代のノン・インフォームド・コンセント(←このコラムだけの造語)である。医師からの説明はないけれども,患者からの信頼・同意だけはある,という形である。そして,治療が終わったあと「なかなか大変な手術だったが,どうにか一命だけは取り留めましたよ」「ありがとうございます。何とお礼を申し上げたら良いのやら」となるか,「手は尽くしましたが,手遅れでした」「そうですか,ありがとうございます」となるかは,分からないが,一応「大変だった」とか「手は尽くした」という医師からの説明があるわけだ。つまり,治療後の説明だけがあり,それで患者は納得するという形だ・・・。
皆さんだったら,治療前に説明を受けるのと,治療後に説明を受けるのと,どちらが良いだろうか。医者を信頼しないという意味ではないが,やはり,僕自身は,先に説明を受けたい。説明を受けているうちに,「納得できた」という気持ちが生まれてくれば,それが医者に対する信頼にもつながってゆくからだ。さっき言ったノン・インフォームド・コンセントの方は,僕にしてみれば,医者に対する信頼ではなく,むしろ「盲信」の結果のように思える。そして,その場合の患者の本音は,やはり,治療を受けていてもどこか不安だし,治療が終わった後も何かしっくりこない。
おそらく,今の時代は,インフォームド・コンセントを求める患者さんが多いことだろう。とくに,若い世代ほど,それを当然のものとして,求めているのが現状だと思う。昔の時代のように,医者の力を絶対視して「先生様々」といった調子で扱うことは,今後,どんどん少なくなってゆくと思われる。
けれども,それは,現代になって医師に対する信頼がなくなったという意味ではないだろう。患者と医師の間で,信頼の築き方が変わってきているのだ。患者と医師は,より人間的な距離を縮め,昔のような上下関係ではなく,依頼主と依頼を受けた専門家という立場で協力しあう,ということなのだと思う。
ところで,上のように述べてみると,インフォームド・コンセントという言葉には,これからの時代の医療のあり方を指し示す希望の光があるような印象を受けるのだが,実は,物事はそれほど単純でもない。「インフォームド・コンセント」という概念は,1970年代頃にアメリカで確立されたと言われている。どうして,その時代に,このような概念が生まれたのか,そして,この概念が指している本当の中身は何なのかを調べてみると,それをそのまま日本のこの現状のなかで実践するのは難しいなぁ,という気持ちにさせられる。来週は,この点を少し詳しく述べてみよう。