

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-05-24 号
高野 雅典(医学ライター)
患者さんは、案外小さなことが理由で、病院に対する信頼を失ってしまうようだ。病気さえ治ればそれでよいという考え方は、今後通用しなくなっていくだろう。
ある病院の待合いロビーでの出来事。僕のとなりに座っていた男性が話しかけてきた。ちょっとした世間話を交わしているうちに、男性は、その病院で、なにかとても憤慨したことがあるような言い振りをした。僕は気になったので、それが何なのか聞いてみた。
男性は、普段、その病院とは別の地域の病院で、ある注射薬の投与を定期的に受けている。しかし事情があって、最近この病院で注射をしてもらうようになったという。ところが、注射を受けた後の請求額をみると、いつもの病院よりも値段が高いことに気づいた。同じ薬を同じ量だけ注射したのに何故値段が違うのかと不思議に思い、窓口に問い合わせたのだという。
同じ量の薬を投与して値段が違うことなどあるのだろうか? 僕は「その薬は、保険適応になっている薬なのですか?」と、男性に確認してみた。保険内で投与される薬は、薬剤価格が一律に決まっていているはずだからだ。すると、男性は「そうですよ。保険が効く薬ですよ」と答えた。保険適応になっている薬なのに、病院によって値段が違う・・・そんなことが起こる理由は何なのか、僕には全く想像がつかなかった。
「それがね、ひどいんですよ」と、男性は話を続けた。ふだん注射をしてくれている病院は、小口のアンプル(液薬の入った使い切りの小瓶)を2本分使って、その男性に必要な投与量を注射器にとって投与してくれていたのだが、今回の病院は、大口のアンプル1本を使って、男性に投与する量をそこから取ったあと、残った6割近い量を廃棄していたのだという。そして、大口のアンプル1本は、小口のアンプル2本より値段が高いので、その男性はいつもよりも高い料金を払わされたらしいのだ。
その病院には、たまたま大口のアンプルしか用意していなかったという事情があったのかもしれない。しかし、その男性は、もしかしたら日常的にこのようなことが行われているのかもしれないという疑念を持ったようだ。僕自身も、そういう疑念を持たざるを得ないような話だと感じた。そもそも「大口のアンプルしか常備していない」という病院側の事情があるのなら、なぜ投与する前に料金について事前に説明しなかったのだろうか。病院側は、男性のクレームを受けたあと、アンプルの種類に大小があることなどを説明しているが、それは先に言うべきことではないだろうか。
医師というものは、患者の治療の履歴を把握すべき立場にあるのだから、その男性が他の病院でこれまでも同じ薬を投与していることを考慮できるはずだ。注射を行う時点でも、アンプルの半分以上を残して廃棄していることをスタッフの誰かは自覚しているはずである(実際に、注射薬を計り取ったのが医師なのか、看護士なのかは分からないが・・・)。
いずれにしても、その男性にしてみれば、注射を受けるときも、料金を支払うときも、誰からも何も知らされないままだった。そして、クレームを付けて、はじめて説明を受けたが、本当に、大口のアンプルしか無いのかどうかは薬の棚を覗いてみることもできない。これでは「だまされたのかも知れない」という感覚を持ってしまうのも無理はない。
たとえ、「大口のアンプルしか常備していない」という事情があったのだとしても、この病院のスタッフには、医師も含め、医療者としての「おごり」があるように僕には思えた。「どんな薬を常備しているかといった事情は、患者に一々説明することではない」「値段が高くても、注射を受けられるだけ良いだろう」「残りの注射薬を廃棄するのも、衛生上・安全上、当然のことだ」・・・といった彼らの心の声が聞こえてくるような気がした。
そして、もし、大口のアンプルを優先的に使って、料金を高く取っているような病院が実在した場合には、どうだろう? これは注射を受ける患者さん1人が、高い料金を支払わされるだけの問題ではない。その薬の費用の7割は健康保険でまかなわれているのだから、保険料を納めている国民全員に関わってくる問題だ。残りの注射薬の廃棄についても、衛生上・安全上の配慮だと言えば聞こえは良いが、資源の無駄づかい、環境への負荷の増大などの問題をはらんでいる。だから、病院側の利己的な判断で、このようなことが行われては、絶対にいけないはずだ。
その男性は、ロビーの長椅子に座ったまま、もう一言付け加えた。「見てください。この病院は、患者さんがこんなに沢山ロビーにいるというのに、その時間帯に床掃除をしているんですよ」。実は、僕もさっきから同じことが気になっていた。「ええ、たしかに気になります。病院側は、キレイ・清潔のためにやっているつもりなんでしょうけどね・・・」。風邪をひいてマスクをしている患者さん、足にギブスをして歩きづらそうにしている患者さん、ご老人や小さな子供を抱えたお母さんも沢山いる。その人たちを一々イスから立ち上がらせ、再び座らせ、床掃除がつづけられている。・・・ささいなことかも知れないが、こんな点からも、病院の一方的な方針で、患者さんの立場がないがしろにされてしまう、そんな体質が見えたような気がした。