

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-04-19 号
高野 雅典(医学ライター)
僕は小学生の頃に、母親が料理を作っているのを見ていて不思議に思ったことがある。色々な食材や調味料があるけれども、それを何も知らずに混ぜ合わせて大丈夫なのだろうか?
僕の母親は名もない料理(つまり手元にある食材でどうにか作ってしまう晩ご飯)を作ることが多かった。それでも、おいしく食べられるのだから、母親は料理が上手いとも言えるが・・・。しかし、どうにも気になったのは「食物どうしを混ぜ合わせて、体に害のある物ができあがる心配はないのか?」「新しい料理を開発する人は、最初に食べるときに怖くないのだろうか?」ということだった。こんなことを心配するとは、われながら変な子供だったな、とは思うが・・・。その疑問は、のちのちまでずっと誰にも言わず、自分の中に抱えたままだった。
ところで、新しい薬を開発するプロセスでは、これと似たような問題がもっと真剣に取り扱われている。つまり新しい薬が本当に「治療薬」と呼べる効果があるのか、それよりも先に安全性は大丈夫なのか、という問題である。誰でも、未知の物質を飲んだり、注射したりすることは、恐ろしくて出来ないだろう。まして、それを他人に「薬ですよ」と言って平気で投与することは出来ない。
薬の開発では、薬としての「有効性」と「毒性」の両方が問われる。ある物質を薬として使った場合に、人間にとって有益な面(有効性)と、不利益な面(毒性)の2つ影響があらわれる。そして、毒性が小さく、有効性が大きければ、この薬の開発は継続されるし、もし、その逆であれば、開発は見直す必要が出てくる。もちろん、このプロセスは製薬企業だけが担うのではなく、試薬を提供された様々な研究者が繰り返す実験のなかで、その薬の影響が徐々に明らかになっていくものである。実際に人間に使用される前には、何段階もの実験が行われている。かわいそうではあるが、実験用の動物が使われたり、培養細胞が使われたりして、その試薬がどんな影響をもたらすのかが明らかにされる。
薬の開発に限らず、動物や培養細胞を使った実験的な研究の世界では、さらに細かな研究段階があって、調べている現象(薬であれば、その薬が引き起こす影響)が、どんな環境下で起きているかを区別する。たとえば、試験管などの器具の中の現象なら「in vitro(イン・ビトロ)」、動物の体の中の現象なら「in vivo(イン・ビボ)」などの区別がなされる。vitroとはガラスを意味する言葉で、vivoは生きている体を意味する言葉である。薬の開発では、in vitroで効果が認められても、in vivoでは毒性の方が強くなってしまう、といったことが実際に起きる。
もし、そうだとすれば、最初から、in vitro(ガラス器具の中)で実験しないで、in vivoで研究をすれば良いと考える人もいるかもしれない。しかし、これは少し違う。たしかに、in vivoの実験からは、薬が体内で起こす現象を知ることが出来るが、沢山の細胞や組織、体内物質が関係するから、あまりに複雑で、目の前で一体何が起きているのか分からなくなってしまうという側面がある。これに比べると、in vitro(ガラス器具の中)の実験は、関係する細胞や体内物質を限定することが出来るので、薬の影響を単純化して捉えることが出来るのだ。
ところで、僕は数年前に、ある学会で「in silico(イン・シリコ)」という耳慣れない言葉を聞いた。来週は、このin silicoについて述べようと思う。この言葉が意味するものは何か? ヒントは「silico」はシリコン(ケイ素)を指しており、そして、シリコンという言葉は半導体の代名詞としても使われるということだ。