

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-04-12 号
高野 雅典(医学ライター)
これまで、だいぶ後回しにしてきたが、今週は、遺伝子治療と細胞移植治療について、やっと(笑)述べようと思う。
一般の人では、遺伝子治療という言葉を誤解して捉えている人が少なくないようだ。この言葉は「遺伝子を治す」のではなく、「DNA(遺伝子)」を使って病気を治療するという意味である。
最近連続して紹介している循環器の分野(心臓をはじめとする全身の血管系を相手にする分野)は、遺伝子治療を応用する研究が進んでいる分野の1つと言える。とくに、DNAを使って、新しい血管を体内に作る研究は、実際の患者にも応用される段階に入っている。
何らかの理由で動脈が閉塞してしまうと、その動脈から酸素と栄養分を供給されていた組織がダメージを受けることは、これまでに述べてきた通りである。ところが、よく観察してみると、ある動脈が閉塞した場合に、体内では、その血管の代わりになる新しい血管を作ろうという反応が起きてくる。閉塞してしまった動脈ほど大きくて立派な血管は作れないとしても、もっと小さな細かな動脈(側副血行路)が新しく作られて、血流の不足を補おうとするのである。この新しい血管が作られるプロセスは「血管新生」と呼ばれる。そして、血管新生を促進させる体内物質がいくつか発見されている。例えば、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)とか、線維芽細胞増殖因子(FGF)と呼ばれる体内物質である。
そこで、これらの物質を人工的に合成して薬として用いることも行われているが、いずれもタンパク質の1種であり、投与したあとに体内で素早く分解されてしまうので、効果を持続させるためには、長期に渡って何度も投与する必要が出てくる。そこで、この体内物質の設計図であるDNAを患部の組織に投与して、その組織に作らせてみてはどうか、という発想が遺伝子治療である。
この研究は、最初は心臓の冠動脈ではなく、足の動脈の治療に応用された。何らかの理由で足の動脈、とくに親指付近の末端の動脈が閉塞してしまうと、その周囲の組織が栄養不足・酸素不足になって死んでしまう。そういった患者さんを対象として、血管新生を促進させる物質のDNAを投与する臨床試験が海外で行われた。その結果は、とても有望なものであり、実際に患部の血流が増加して、壊死した部分に変わって新しい組織が形作られた。
次に、心臓の冠動脈についても、実際の患者さんを対象とした臨床試験が実施された。最初は、現在ある治療法では症状の改善が見込めないような重症な患者さんが対象とされた。また、新しい治療に対する倫理的な問題もあるので、心臓のバイパス術などを実施する際に、同時に遺伝子治療を行うという方法がとられた。こうすることで、万が一、遺伝子治療自体が無効であった場合でも、患者さんの治療効果は守られる。
しかし、その結果はというと、まだ十分に治療効果があると断言できる段階には入っていない。たしかに、患者さんの胸痛などの症状は軽減されて、運動量も治療以前に比べると改善することが報告された。ただ、その効果は、目を見張るほど強力というわけではない、というのが現状である。なかなか、理論通りにうまくゆかないのが医学の世界だと言えるだろう。
そして、最近新たに注目されている治療法に、細胞をつかった血管再生治療(細胞移植治療)がある。これは、血管新生のプロセスの中心的役割をもつ「血管内皮細胞」の前駆細胞(将来、血管内皮細胞に分化する能力をもった細胞)を、患者さん自身の血液や骨髄から採取し、それを培養によって増加させて、患部に移植するという治療法である。実は、これも、動脈の閉塞が起こったときの体内の反応を見習った治療法と言える。心筋梗塞などが起きたとき、患者さんの骨髄や血液中には、血管内皮細胞の前駆細胞が増加することが分かったのは、ごく最近のことだ。そして、この細胞をうまく採取して増加させ、治療に応用しようという発想が、現在研究されている。
実は、最近、日本国内でも、血管内皮細胞の前駆細胞を用いた治療が実際の患者さんに応用された。まだ人数は数名であるが、安全性が高く、治療効果も高いことが報告されている。案外、遺伝子治療よりも先に、大きな評価を受ける可能性がでてきている。