

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-03-29 号
高野 雅典(医学ライター)
先週は、脳卒中や心筋梗塞が血管のトラブルによる病気だということを述べて、今回は心筋梗塞に対するカテーテル治療や遺伝子治療の話題を・・・と思っていたのだが、ちょっと予定を変更して、妊婦さんの帝王切開の話をさせて頂きたい。これまた大きな脱線をと思われるかもしれないが(笑)、一応、血管の話とつながる話題なので許して頂きたい。
先日、帝王切開後の母親が出血のために死亡するという事故が報道された。担当医の帰宅後、看護士が容態の急変した患者に気付かなかったことが原因らしく、医療ミスではないかとの報道だった。しかし、その詳細は分からない。
数日前、ある産婦人科医と話す機会があったので、この事故について少し質問をしてみた。すると、その医師は、事故が出血による死亡だということに首を傾げていた。「死亡するほどの出血ならば、絶対に何か前兆があったはずだ」というのである。たしかに、帝王切開には出血トラブルのリスクも伴うが、しかし、その確率は非常に低いのだという。「実際、私も多くの帝王切開術を実施してきていますが、出血でトラブルになりかかったことは一回しかないですね」という。そういった場合でも、しっかりと術後管理をしていれば死亡するようなことは考えにくいそうだ。
「そもそも、帝王切開で一番怖いのは何だと思いますか」と、今度は逆に質問された。僕は医者から質問をされると緊張する。医学ライターとしてのメンツもあるので出来れば正解したいところだが、むしろ間違った答えを返して、先生の説明を仰ぎたいという気持ちもある。今回の場合は、もともと答えが分からないので、勘で答える。つまり、医学ライターとしての勘を試す機会だ(笑)。「感染症でしょうか」「いえ、違います。感染症は3番目くらいかな」。はずれて残念だ。だが、しかし、逆に先生の説明を仰げるチャンス到来である。
「というと、一番は何なのですか?」
一番怖いのは「肺塞栓」だそうだ。どういう事かというと、帝王切開では腰椎麻酔といって腹部から下の半身が麻痺する麻酔が使われる。このとき足を動かすことが出来なくなくなるため、足の血管の中で血液の塊が出来てしまう可能性があるのだ。手術後、足を動かしはじめたとき、この血液の塊が血流にのって心臓に到達し、次に肺に流れて、そこで詰まってしまう。非常に危険な状態であり、死亡につながるという。実は、これと似たトラブルで、俗に「エコノミー症候群」と呼ばれるものがある。飛行機などで長時間座りっぱなしで足を動かさないでいると、足の血管に血液の塊が出来てしまうのだ。
「妊婦さんというのは、血栓(血液の塊)が出来やすいんですよ」と、その医師は説明してくれた。妊娠期間中はホルモンバランスが変わって、血液の凝固能が高まる。その事実は僕も知っていたのだが、どうしてそうなのか理由は知らない。しかし、次の医師の言葉で、なんとなくその理由が分かった気がした。「どのくらい血液が固まりやすいかというと、赤ちゃんを出産した後、胎盤が剥がれて大量に血液が出るのですが、それも一瞬で止まってしまうくらいなのです」
なるほど。生き物の体のことだから、人間が勝手な理由付けをするのは間違っているかもしれないが、しかし、妊婦さんの体が出血に強くなっているのは、子孫を残す大切な期間中に体の防御機構が最大限に働いているということなのかも知れない。血液が凝固する仕組みは、病気やトラブルを作り出すためのものではなく、本来、体の防御機構として進化してきたものに違いない。
「ところで、帝王切開に伴う肺塞栓の予防のために、何をすると思いますか」
せっかく、生命の神秘に触れた気がして気分良くなっていたところに、2つめの質問である。仕方なく、再び医学ライターとしての勘を試す(またしても答えが分からなかったので・・・)。「抗凝固療法でしょうか」「違います。海外では行われているようですが」。うーん、はずれて残念だ。残念だが、ここで僕は思わぬ収穫にぶち当たる。
「では一体、何をするのですか?」
「フットポンプです」
「え?フットポンプって、もしかして、あ、あの・・」と僕は足に手を当て、モミモミの動作をして医師に見せた。「そうです。そういうヤツです」
これには驚いた。先々週のコラムを読んで頂いた方なら分かるだろう。あのアメリカで見てきた怪しげなマッサージ機のことではないか。いや、「怪しげ」という表現は失礼かもしれない。ちゃんと医療の現場で利用されていたのだから。しかし、あの時、企業のおじさんが「日本では承認されていない」と言っていたのは、ちょっと解せない。なぜだろうか・・・・。利用目的の違いで承認されていないという意味だろうか・・・。まぁ、この点は今後調べてみようと思う。
ともかくも、怪しげどころではない。帝王切開の時に使用するフットポンプは、その効果が認められて、今年の4月1日(なんと今日から3日後!)、保険適用(健康保険が効くために自費負担が軽減されること)になるという。まさにスグレ物である。
今週は、ちょっと寄り道になってしまった。次回こそは、カテーテル治療や遺伝子治療の話題について書こうと思う。待っていて欲しい。