

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-03-15 号
高野 雅典(医学ライター)
今週は、仕事で米国心臓学会(ACC)の年次学術集会を取材するため、米国ルイジアナ州ニューオリンズに来ている。
米国内には、心臓病に関連した大集会を開催する学会が2つあり、そのうちの1つが今回のACC、もう1つが秋に年次学術集会を開く米国心臓協会(AHA)である。このような学会は、色々な集会、教育セミナーなどを1年を通じていくつも開催しているが、そのなかで年次学術集会と呼ばれる集会は、年に1度の最大の集会である。ACCの年次学術集会は、参加する心臓医が約2万人、その他の関係者も加えると3万人近くなるという大規模なものである。米国内はもとより、海外からも参加者が多数やってくる。ちょっとした町1つ分の人口が集まるわけで、学会期間中は、会場周辺のホテルが軒並み満室になってしまう。


医者達が沢山集まって一体何をしているのかというと、それぞれの研究成果を発表したり、あるテーマについて討論をしたり、また、他の研究者の発表や討論から新しい情報を仕入れたりしているわけだ。それから、ごく個人的に普段会えないような遠方の医師に会い、コミュニケーションをはかる目的もあるようだ。

医師らの顔を見ると、笑顔で、はつらつとしている人が多い。学術集会は医師らにとって大きなイベントであると同時に、日頃取り組んでいる自分の仕事を理解してくれる多くの仲間、同士が集う場だからだろう。

研究発表は、スライドを使った講義形式のものと、ポスターを作ってそれを張り出して発表する形式がある。ちょっと昔は、旧式のスライド映写機が使われていたが、最近では医師自身が個人的に持ち込んでくるノートパソコンを会場の液晶プロジェクターに直接つないで使うパターンが大半になった。だから発表直前までデータを修正することが可能になって、発表される内容も、よりフレッシュな情報になってきているといえる。コンピュータなら動画も扱えるわけで、手術の内容などをビデオ画像で紹介する医師も増えてきた。それから、ポスターの方も、パソコン上で作ったデータを畳一枚分ほどの大きさの用紙に一気にプリントアウトして掲示する医師が増えている。最近では、超音波診断装置のような診断用画像がカラー化されているが、そういった画像も奇麗にポスター上にプリントされている。



一方、こちらは、医療機器メーカーや製薬企業のブースが並ぶ会場だ。広大な会場は、さながら見本市のようである。医師らは、この会場で、医療機器や薬剤の最新情報を手にする。企業側にとって、医師らは「お客さん」ということになるので、コーヒーやアイスクリームを振る舞ったり、自社製品の名前が印刷されたノベルティグッズを配ったり、サービスに余念がない。ここで、医師らは、つかの間、お祭りの屋台巡りのような気分を味わっているようだ。意外に、メーカーのロゴが入ったノベルティグッズを喜んで持っていく医師が多い。実は、僕もあらゆる医療メーカーのロゴ入りボールペンをコレクションにしている(笑)。

こんな風にして、学術集会は明るい雰囲気のなか日程が進んでいく。今年は、皆さんに紹介できるような「ハイテクを応用した目覚ましい発展」と呼べるような研究発表は見つけだすことが出来なかったのであるが、それでも、医師らにとっては非常に重要な大規模臨床試験の結果がいくつも報告された。そういった大規模な研究成果をいち早く目の当たりにしようと、早朝から、大勢の医師らが大会場に押し掛けてくる。

こちらは、選挙活動真っ最中のブッシュ大統領の奥さんLaura Bush夫人である。大規模臨床試験の成果が発表される大会場で基調講演をおこなった。なぜ、こんな人が医学学会にやってくるのか。日本人のメディアの間では「選挙活動の一環だろう」という冷ややかな見方もあるが、国民の健康問題を重要な政策課題として捉えている大国の姿を現しているとも言えるだろう。Laura Bush夫人は、米国女性の心臓病予防キャンペーンのイメージ・カラーである真紅のスーツ姿で登場し、女性の心臓病予防がいかに重要であるかを訴えた。その講演内容は実にしっかりとしたものだった。日本では、国民の死亡要因の第一位は男女とも癌(がん)である。しかし、米国では心臓病が第一位という現状がある。一般に、女性は男性に比べて心臓病にかかる危険性が低いのだが、冷凍食品などを中心として脂肪や食塩の多い食生活が一般に広まっている米国では、肥満や高血圧から心臓病を発症する人が少なくない。米国の女性は、乳癌をはじめとする各種癌を合わせた死亡率よりも、心臓病による死亡率が高いという。これは、米国内の白人・黒人・黄色人種のいずれでも同じ傾向であり、遺伝的体質よりも、食事内容や運動量など、現代的な生活習慣が関連していると考えられる。Laura Bush夫人は「多くの女性は母親として、妻として、家族の健康を預かっている。そのような人自身が心臓病で倒れることは社会的に大きな損失だ」と訴えた。

ところで、こちらは、心臓病や脳卒中の予防に効果があるという治療器具を展示した、とある企業のブースである。初めて見る器具なのだが、脚部を空気圧で加圧して血流をよくする治療器具だそうだ(デモンストレーションの女性の足に巻かれている水色のカフが膨らんだり緩んだりする)。僕には、なんだか、歩行運動をしたのと同じ効果を、楽をして得ようという器具に見えたのだが、説明を聞いてみると、これは、ただ足をマッサージしているのではなく、加圧のタイミングが心臓の動きと連動するハイテク・マシーンなのだそうだ。治療効果があることは権威のある医学論文雑誌でも紹介されているとのことだが、僕が写真撮影をしようとしたら「no, sir. no photo, please」と断られてしまい、なぜ駄目なのかと聞いたところ、「米国ではFDAが承認しているが、日本では承認されてない器具だから」だそうだ。いまいち納得出来ない理由なのだが、とりあえず、企業名や器具名はここでは伏せておく。近い将来、日本にもこのような治療器具が入ってくるかもしれないが・・・とりあえず、これは医師が使う専門の器具であり、通販などの類似品には注意とだけ言っておこう(笑)。

最後に紹介するのは、学会会場内に設けられたメディア・ルームである。新聞・テレビなど、多くの報道関係者らがこの部屋を利用し、連日、学会で発表された新しい情報を発信している。僕もメディアの一部として学会に参加しているので、ここを使わせてもらい、臨床試験などの紹介記事を書いている。この部屋には、米国のメディアばかりでなく、様々な国の報道関係者がいる。周りから聞こえてくる言語は、多い順に言うと、英語、日本語、フランス語、韓国語、ドイツ語などだ(案外、日本人が多い)。学会は、この部屋を無償で報道関係者に開放しており、電話、コピー、ファックスなどを無料で使わせてくれる。ありがたいことに、朝食・昼食・3時のおやつやコーヒーまで提供される。毎日、学会が主催する記者発表がおこなわれ、有名な大学教授などに直接質問をぶつけることも出来るし、専用のインタビュールームを予約して使うことも出来る。このように、医学学会は報道活動にも広く協力し、重要な医学情報を一般市民に送り届けようとしているわけだ。実際、大規模な臨床試験の学会発表の翌日には、米国内の代表的な新聞にその記事が掲載されるし、夜のニュース番組などでも紹介されている。
実は、今回、高校生の皆さんにも紹介できそうなおもしろい話題として、脳梗塞の原因である脳血栓(脳の血管内に詰まってしまう血のかたまり)を取り除く小さなコルク栓抜き型の器具について書こうと思っていたのだが、残念なことに、その企業の出展はなく、臨床成績についても発表が無かった。いつか機会があったら、それについても書こうと思う。