

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-03-08 号
高野 雅典(医学ライター)
うつ病は特殊な病気ではなく、誰もがかかる可能性を持っている病気だ。代表的な症状としては、気分が落ち込む、疲れやすくなる、考えがまとまらない、不安感や自信喪失、死にたいと思うなど、精神的な症状の他に、頭が重いとか胸がムカムカするといった身体的な症状が起こる場合もある。また、夕方よりも朝に気分や体調が悪くなる人が多いという特徴がある。普通の「落ち込み」や「憂鬱」と違っているのは、それが長期間続き、程度も強いということである。心の病気と捉えがちだが、実は、脳腫瘍や糖尿病など身体的な病気が隠れていて、それがうつ状態を作り出している場合もある。だから、素人判断はせずに、まずは心療内科などに相談するのが良いだろう。近所に心療内科が無ければ、最近では、普通の内科の先生も、うつ病に対する理解が深まってきているので、最初は内科に相談してもいいだろう。
誤解してはいけないのは、暗い人だからうつ病にかかるわけではないことだ。それは偏見であって、明るく元気な人でもうつ病になる。人生の中で、大きな出来事や心の傷になるような出来事に出くわすことがきっかけでうつ病にかかることが少なくない。また、更年期に入ってうつ病になる場合もあるし、老人がかかる場合もある。本当に誰もがかかる可能性を持っているのだ。
では、うつ病にかかってしまった人の家族は、当人とどう向き合えば良いのだろうか。うつ病の患者は、様々なことに対して気力を失い、仕事に出かけることも困難になってしまう。不安や自信喪失もあるので、物事を悲観的に考えるようになる。けれども、よく言われることは、その状態を見て「もっと頑張れ」と励ましたり、「怠けるな」と叱責したりしてはいけないということだ。例え、それが家族としての愛情から出た言葉であっても、激励や叱責は患者を追いつめ、状態を悪くする結果につながるという。
そもそも、なぜうつ病が起きるのか、その原因やメカニズムは、まだ明らかになっていない。有力な説に「モノアミン仮説」というものがあり、この仮説の中では、脳内の神経伝達物質であるモノアミンが枯渇することで、うつ病が起こると説明されている。たしかに、現在の抗うつ薬は、脳内のセロトニンやノルアドレナリンを増加させる作用をもつ。しかし、実際のところ、こういった薬物が有効であるからこそ、モノアミン仮説が支持されているという側面もある。
このように医学的な原因ははっきり分かっていないが、しかし、うつ病の人の心の動きから考えると、これがどんな病気であるか、ある程度理解できる。うつ病は、「真面目な人」「がんばり屋さん」がかかりやすいと言われる。これは実際のところ、真実かどうか分からない。ただ、恋愛、仕事、勉強など、ある物事に真剣に取り組み、一生懸命頑張ってきたあとに、うつ病に陥るということはあるようだ。つまり、何かに集中したり、緊張したり、ストレスに耐えたりといった精神状態を長期間保ち続けて、心が疲れ切ってしまう、再び気力を出すことができなくなってしまう・・・そんな病気であると理解すればよいだろう。
先日、精神科の先生、そして、心療内科の先生は、うつ病治療の2大柱は、十分な休養と薬物療法だと話してくれた。うつ病を治すためには、心と体を十分に休める必要があるという。そのためには時間もかかる。一方、抗うつ薬を飲むことに関しては、抵抗感のある人も少なくない。実際に飲んでいる人の話を聞くと、吐き気などの副作用があったり、長く飲み続けることへの不安があったりと、相当深刻なようだ。しかし、先生方の話によると、ある一定期間以上きちんと薬を飲み続けることが重要で、その方が結果が良いのだという。とくに、うつ病は再発率が高いので、最初の段階でしっかり治すことが大切だそうだ。
どうすれば、うつ病を予防できるかということについては、医者もなかなか答えてくれない。それに答えられるだけのデータがないのだろう。自分を追いつめすぎない、気分転換を図るといった手段しかないようである。ただし、飲酒でストレスを発散するというのは、アルコール依存症になる危険性があるので注意が必要だそうだ。
最後に、もう一度、なぜ日本の自殺率があれほどまでに高いのかという問題に立ち返ってみよう。これは僕自身が思うことだから間違っているかもしれないが、日本がいくら経済的に低迷しており、倒産やリストラが多いとしても、それが内戦のある国に匹敵する自殺率を生み出してしまうとすれば、やや異常ではないだろうか。経済の低迷は、一部の地域を除いて、世界的な傾向だ。その中にあって、日本の自殺率が極めて高いのは、お金や生活レベルに固執する国民性をあらわしているのかもしれない。あるいは、そういった価値観が日本中に蔓延していて、経済の低迷に絶望するしかない状態に陥っているのかも知れない。
価値観というものは一人で作り出せるものではなく、多くの人が認める価値に個人も同意しがちである。ただ、これまで日本を支えてきた人たちの価値観は、もう行き詰まっているのかもしれない。自殺率の高い社会は、どう考えても良い社会とは言いがたい。だとすれば、うつ病の早期発見・早期治療も必要なことだが、そもそも、経済に固執し、ストレスの多い労働環境を平気で作り出してしまう、そのもととなっている価値観を変えることが必要なのではないだろうか。世代の交代とともに価値観は変わって行く可能性がある。これから大人になって社会を作ってゆく皆さん自身が、気持ちよく生きてゆかれるよう、既存の価値に捕らわれず、新しい価値を見出す意識をもってもらえたらと、僕は思う。