

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-02-23 号
高野 雅典(医学ライター)
ピアスやタトゥーについては、個人的な思い入れがある場合も考えられるし、世界には宗教的・文化的意味合いをもつ民族もいるだろうから、それを単なるファッションと決めつけるわけにはいかない。しかし、どういう思いからであっても、せめて衛生面や安全性については考えておく必要があると言っておきたい。
先週も述べたとおり、ピアスやタトゥーは、人体の側から見れば「怪我」に相当する。細菌の感染や炎症・化膿を防ぐために消毒が必要だし、患部が悪化したりすれば、当然、治療が必要になる。しかし、危険性はそれだけとは限らない。器具を使い回すと、血液などを介する病原体が、密かに感染する可能性があるからだ。先週は、その一例がB型肝炎ウイルス(HBV)やC型肝炎ウイルス(HCV)だと述べた。
これらのウイルスによって引き起こされる肝炎を「ウイルス性肝炎」と呼ぶ。それぞれ原因ウイルスの違いで「A型肝炎」「B型肝炎」「C型肝炎」と呼ぶ。A型肝炎ウイルス(HAV)だけは経口感染が多く、主に、食物や水に混入したものを摂取することで感染する。
肝臓は、食物から得た栄養分を貯蔵・再合成する以外に、薬物・毒物の代謝・解毒、消化液の1つである胆汁の成分を作るなど、様々な働きをする人体の中の一大化学工場である。ウイルス性肝炎は、肝細胞に感染したウイルスを排除しようとして、T細胞などの免疫系細胞が肝細胞そのものを次々に破壊してしまうために起こると考えられる。重症化した肝炎は、さらに、肝硬変や肝癌へ進行する危険性が高いことが知られている。
HAVやHBVは感染を防ぐワクチンが開発されており、これらのウイルスに対する抗体を体内に持たない人はワクチンを接種することが出来る。例えば、それらの肝炎が多い国に長期間滞在するような場合や、医療従事者などで血液に触れる可能性が高い場合などには、ワクチンが有効だ。HAVやHBVに対しては、比較的古くから対策がとられているので、先進国を中心として減少する傾向にある。衛生的な管理や母子感染の防止などの対策が取られている国では、これらのウイルスに感染する心配は少ないと言えるだろう。しかし、先進国でも、血液を介したHBVの感染は無くなっていない。また、アジア地域の特徴として、治療によってHBVを体内から完全排除することは難しいことが知られている。欧米では比較的簡単にHBVを排除出来るのに対して、アジア地域ではそれが難しいのだという。その理由ははっきりしないが、日本でもその状況は似ており、HBVを完全に排除できないものの、なるべく活動性を抑え、肝炎が進行するのを防ぐ治療が行われているのが現状である。
一方、HCVは、ごく最近までウイルスの正体が明らかになっていなかった。その正体が明らかにされたのは1989年のことである。日本では同年いち早く輸血用血液に対する検査が実施されたが、それでも1992年以前に輸血を受けた患者は当時の診断精度が十分でなかったため、HCVに感染している可能性があると言われている。現在では、輸血用血液に対して非常に精度の高い検査が行われており、また、医療用の注射針は使い回さずにディスポーザブル(使い捨て)のタイプが使われているので、これらの経路から感染する心配はほとんどない。しかし、感染を防ぐワクチンはまだ開発されておらず、現在、日本国内に150万人以上のHCVキャリアがいると推定されている。
HCVは、HAVやHBVに比べて、感染後の症状が軽い場合が多く、感染したことに気付きにくい。もし、症状が出るとすれば、全身のけん怠感、食欲不振、吐き気・嘔吐、黄疸(おうだん:体が黄褐色・茶褐色になる)などが出るが、ほとんどの場合、こういう自覚症状がないままである。そして7割くらいの人が持続感染状態、すなわちキャリアになると言われる。さらに、キャリアのうち7割くらいの人が慢性肝炎となるが、それでも自覚症状が無い場合が少なくない。これは、肝臓が打たれ強い臓器だからと言える。つまり、肝臓はダメージを受けても、黙々とその機能を守ろうとするのである。それを指して「沈黙の臓器」と比喩することもあるが、しかし、そのために肝炎に気付かず、進行させてしまうことが少なくないのだ。
HCVキャリアの人が、最終的に肝硬変や肝癌となるには20〜30年の期間がかかるとされているし、全員がそうなるわけでもない。例えば、40代のHCVキャリアの人が70歳までに肝癌にかかる割合は20〜25%と予測されている。しかし、肝炎という爆弾を抱えていることに変わりはないし、検査を受けなければ、知らないうちに血液を介して他人に感染を広めてしまう可能性もある。
HCVを除去できる可能性をもった治療薬にインターフェロンがあり、最近、リバビリンと呼ばれる新しい抗ウイルス薬も登場した。インターフェロン単独ではHCVキャリアの30%がウイルスの除去に成功し、リバビリンを併用した場合、40%くらいが成功すると言われる。しかし、HCVのタイプによってインターフェロンの有効性に差があり、とくに日本人に多いHCVのタイプではインターフェロンの効き目が弱いという事情もある。
僕の友人が、C型肝炎治療のためにインターフェロン療法を受けた話をしてくれた。週3回の注射のために病院に通い、その度に数千円の費用を払う、その結果、1カ月の治療費は東京都内でワンルームマンションを1部屋借りれるくらいになってしまったという。それでも健康保険が効いているというのだから、治療費そのものがいかに負担か・・・僕は思い知らされた気持ちになった。
結局、彼は、治癒するかどうか分からない治療を続ける意志を失い、インターフェロン療法を受けるのをやめてしまった。出来ることならドクターの言う治療期間は守るべきだったと思う。しかし、彼は、金銭負担、通院の大変さ、副作用の発熱、仕事への影響といったいくつもの理由をもって治療を断念してしまった。「今は酒を飲むのを控えて、漢方薬を飲んでいる」と言い、自分の将来を心配している。さらに、彼の心境を複雑にしてるもう1つの理由がある。それは、なぜHCVに感染したかということについて、はっきりと医者から教えられなかったことである。いつどこで感染したかは、検査からは分からない。だから、当人は、心当たりを自問自答するしかないのである。
ウイルス性肝炎に限らず、感染症は、最終的に個人を苦しめる。それを防ぐためには、まず、個人個人の砦が大切だと言えるだろう。そして、さらに踏み込むなら、社会に感染症が広がるのを防ぐ、という意識をもつことが重要なのではないだろうか。