

1967年茨城県生まれ。医学ライター。医療関連編集者を経て、フリーランスライターとして独立。循環器、癌全般、消化器、泌尿器、皮膚科、眼科などの医学記事を執筆。海外取材も多い。
2004-02-02 号
高野 雅典(医学ライター)
みなさんはスーパーマンというキャラクターがいつ頃誕生したか知っているだろうか。最初の登場は1930年代後半で、アメリカンコミック、つまり漫画のキャラクターだった。彼が登場した直後に、バットマン、ワンダーマン、サンドマンなど、様々なヒーローが続々誕生し、スーパーヒーロー・コミックブームを巻き起こした。第二次世界大戦後の50年代にテレビドラマの「スーパーマン」が作られ、さらに、1978〜1987年にはハリウッド映画の「スーパーマン」シリーズが公開され、全世界で大ヒットした。
驚異的な腕力の持ち主で、自由に空を飛び回り、悪党のピストルの弾にも屈しないスーパーマン。当時、プロレス好きだった僕の祖母が、「この映画はプロレスよりも、おもしろい」と言ったのを覚えている。プロレスラーの肉体をもはるかに超えた超人が大活躍する映画なのだから、それは爽快だ。でも現実には、こんな人間は存在しない・・・。
僕らの体は限界に満ちている。わずか数度の気温の変化で、何千、何万という人が体調を崩し、風邪で寝込む。わずか時速数キロの歩行で関節を痛め、転んで怪我をする。1930年代に黄金時代を向かえた世代は、大半がもうこの世を去ってしまっただろう。今皆さんは「成長」という体の変化を体験していると思うが、それが将来は「老化」へと繋がる。老化自体は病気ではないが、老化すれば病気にもかかりやすくなるし、怪我もしやすくなる。僕らの体は、病気や怪我とともに生きてゆくとも言える。でも、これは自然の摂理だろう。だから、スーパーマンのようには生きれない人類は、自らの体をケアし、治療する方法を沢山発見してきた。そういった知恵の集積が医学だ。
かつてスーパーマンが病院にかかったことがあるのかないのか僕は知らないが、世界中を飛び回って闘っている彼は、本当は怪我や病気が絶えないのではないかと疑ってしまう。スーパーマンさん、体力ばかりでなく、医学の力は要りませんか?
みなさんは、ハリウッド映画のスーパーマンを演じていた俳優が、今どうしているか知っているだろうか。名前はクリストファー・リーブ。整った顔立ち、健康的な肉体美、スーパーマンを演じるには最高の男だった。しかし、今、彼はスーパーマンを演じるどころか、日常生活を送るのにも人一倍大変な思いをしている。1996年の落馬事故で首の骨を折り、脊髄を損傷してしまったのだ。脊髄というのは、脳と体中を中継する中枢神経のメインストリートの役割をもっている。脊髄に損傷を負ったクリストファー・リーブは、手足が麻痺し、呼吸も機械にたより、車椅子の生活を余儀なくされている。
でも、彼は今でもスーパーマンなのかもしれない。クリストファー・リーブは、事故の翌年から声優として仕事を再開し、テレビ映画の監督もつとめている。彼は強靭な精神力と、医学の力で、人生を繋いだ。そして、俳優や監督といった仕事のかたわら、同じように脊髄損傷で苦しむ人々のために、講演活動を勢力的に行っている。彼は、医学研究の進歩によって、いつの日か、脊髄再生が可能になり、自由に歩きまわって生活できるようになる日が来ると説いている。
じつは、この脊髄再生の1つとしてクローン技術が見直されてきているのだ。これまで米国の歴代大統領は、クローン人間の誕生につながるヒトのクローン胚(ヒトの卵子に体細胞を融合させて作った胚細胞)を用いた実験の全面凍結を一貫して訴えてきた。しかし、今、損傷した組織や臓器を再生させる「再生医療」が注目されており、体中の様々な細胞・組織に分化する能力をもった胚性幹細胞(ES細胞)も、再生医療を成功させる鍵の1つとして重要視されている。ヒト・クローン胚からES細胞を作成すると、これは体細胞提供者と同一の遺伝子をもったES細胞となり、理論上、拒絶反応が起きない組織や臓器を作ることが出来る。
クリストファー・リーブは自ら財団を設立し、脊髄損傷に対する治療研究に助成をおこなっている。身障者や難病患者に対する補償やケアには沢山の資金が提供されているが、そもそも、この人たちを治療する研究には、まだ十分に資金が回っていないと彼は主張している。その中で、彼は、ヒト・クローン胚を使った研究にも一定の理解をするよう求めている。
日本には、交通事故などで脊髄を損傷した患者が約10万人いると言われている。2001年には日本再生医療学会が発足し、同年、慶応大学の研究チームが、脊髄損傷したサルにヒトの神経幹細胞(神経に分化する幹細胞)を移植し、運動機能を回復させることに成功したと発表した。昨年、オーストラリアの研究チームが、世界で初めて、実際の脊髄損傷患者に対して細胞移植療法を実施した。移植された細胞は、意外にも、ES細胞や神経幹細胞ではなかった。患者自身の鼻腔にあるグリア細胞(神経細胞の成長を補助する細胞)の1種を脊髄に移植するという方法である。この細胞は持続して細胞分裂する特徴があり、脊髄のなかで切断された神経細胞を架橋(橋渡し)すると期待されている。移植の安全性はどうなのか、治療の効果はあるのか、それはまだ明らかになっていない。しかし、動物実験ではなく、実際の脊髄損傷患者に治療が施されたことは歴史的な飛躍である。
きっと、クリストファー・リーブも、このニュースを聞いていることだろう。そして、自分をはじめ多くの脊髄損傷患者が、自由な体を取り戻す日が着実に近づいていることを実感しているに違いない。