

ヴィジュアリスト。高校時代に8ミリ映画を作り始め、大島渚ら映画監督に高く評価される。常に先鋭的な映像制作にチャレンジし、映像メディアのほかジャンルを超えた表現活動を続けている。
2001-06-15 号
手塚 眞(ヴィジュアリスト)
学校、好きでもキライでもなかったな。
仲良しのトモダチは少しいたし、いじめられなかったし。
一番楽しかったのは、休み時間と、クラブ活動。
授業と授業の間は10分しかない。だけど、ここをどう充実させるか。そのプランをあれこれ考えるだけで、授業の1時間は苦痛じゃなかった。退屈な授業もたくさんあったけど、我慢したよ。だって、休み時間が待ち遠しかったもの。友達と何をおしゃべりしようかと考えるだけで、なんかワクワクしていたっけ。そのころは携帯電話とかなかったから、メールもなくて、とにかく時間を待つのが楽しかった。
それからクラブ活動はね、ぼくは映画が本当に好きだったから、映画研究部に入った。そこで友達と映画を作ってた。だからぼくが学校に行くホントの理由は、まず友達とおしゃべり。それから友達と映画を作るため。
学校なんてそれで充分じゃないかな。たまには勉強も必要だけど、そのために行くところというより、やっぱり人付き合い。先生とだって、どんな話ができるか、どう付き合うか、だよね。
ぼくはスポーツが苦手で内向的だったから、決して付き合いだってうまくこなしていたとは言えないけど、休み時間の教室の片隅やクラブ活動の中で、自分なりに楽しめる部分を作ってたと思う。だからその部分はリラックスしていたし、いまになって楽しかったって言いきれるんだよね。