

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2002-10-06 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
総合学科は1994年に新しくできた制度です。それまで高校は、普通科高校と、農業、工業、商業などの職業高校(現在では「専門高校」)の2種類しかありませんでした。そこへ、普通科でも職業科でもない第三の存在として登場したのが総合学科。今ではすべての都道府県に最低1校はありますから、高校生や中学生はよく知っていると思います。
わたしの訪ねた北海道立北海道森高校は、函館に近い茅部郡森町という小さな町にある学校。普通科だったのを総合学科に改組したのは、1999年度ということです。校長の話によれば、それまではいわゆる「教育困難校」だったらしい。進学志望の強い生徒は函館の高校へ行き、目的意識がはっきりしないままでいる生徒が「普通科」の森高校になんとなく入学する。そういう傾向の下、問題や事件も少なくなかったといいます。
それが総合学科になることによって、目的を見つける生徒がふえてきた。それはそうでしょう。この学校では、一年生のときに「産業社会と人間」「キャリアプラン」という二つの目玉授業がある。前者は「さまざまな体験学習や討論などを通して、自己の在り方生き方について認識を深め、将来の職業選択や職業生活に必要な能力、態度を育成する科目」(学校案内より)、後者は「自主的活動において人生観や職業観を育みながら、進路決定に必要な能力と態度を身につけるための科目」(同)です。「自己」とか「自主的」がキーワードになっているのがいい。二年、三年にも引き続き開設されるこの二つの授業を通して、漫然と高校へ通うのでなく自分が目指す何か=職業であったり生き方であったりを実現するために学んでいくのだということを少しでも実感してもらえるようにするのです。
そして、百近くもの数開設される選択科目の中から、自分が必要とする、あるいは自分に合った科目を選んで「自分だけの時間割」を作って学んでいける。他の高校と違って、全体の半分近くを占める選択科目の時間には、同じクラスの生徒でも全く別の時間割に沿って授業を受けていくことになります。それは全然おかしなことではない。 だって、生徒ひとりひとりの興味、関心、能力、適性は、ひとつひとつ違っているのが当たり前なのですから。
総合学科は、「みんな同じ」を押しつけてきた日本の学校制度に対する問題提起でもあるのです。うーん、この話、語りだすと長くなってしまうなあ。